古代山城・高安城(たかやすのき)は「日本書紀」に登場する古代山城で、天智天皇六年(西暦667年)に大和国に築城、何度かの修築を経て、大宝元年(701年)廃城となったと記録されている。大阪と奈良の境にそびえる生駒山地の南部、高安山の山中で発見された礎石建物跡が古代高安山と比定されているが、他の古代山城に見られるような礎石列や水門跡などは見つかっておらず、大和・河内の兵站基地として築かれたと見られている。信貴山城の西端より徒歩約15分ほどで到着する。
<基本データ>
●名称:高安城 (たかやすのき)
●所在:奈良県生駒郡平群町久安寺 (地図)
●城主:天智天皇
●築城:667年
●遺構:礎石建物跡
●時間:20分(14:20-14:40)
●参考:吉川弘文館「よみがえる古代山城」(向井一雄)
訪問時期:2021年12月
【信貴山〜高安山 縦走シリーズ】
・信貴山城 訪問記 − 其の一、二、三、四。
・高安城(古代) 訪問記 − 其の一。
・高安山城(中世) 訪問記 − 其の一。
<訪問記>
信貴山城から徒歩15分。山道をひたすら西へ歩いていると、右手に「高安山倉庫址」と書かれた案内板があらわれる。 木に架けられているこの小さな案内板のみなので、見逃さないように注意が必要。細い山道に入っていく。 しばらく進むと、高安城倉庫址1号と書かれた案内板のある広場へ。資料によると6棟分の礎石建物跡が見つかったとあるが、ここ1号はどうやら埋め戻されたようだ。何もない。 更に奥に進むと一段と広い空間へ。ここは高安城倉庫址2号にあたる。おお、礎石が露出している! ここはしっかりと整備され、平らで大きな礎石が等間隔に並んでいる様がしっかりと見える。 かなり大きくて平らな礎石。この上にどんな柱が乗り、どんな建物が建っていったのかは、近くに設置されている説明板に詳細に説明されている。 高安城址倉庫礎石群 説明板。昭和53年(1978年)発見。古代山城の概要から高安城の歴史、発掘調査の結果と推定される年代まで簡潔に書かれた、非常にわかりやすい説明板だ。発掘の結果 平城京と同じ土器が出土したことから、古代山城ではなくその後の奈良時代の礎石であることが判明したという。発掘されたのはここ2号と隣の3号のみ。 立派な礎石群の上には、このような高床式倉庫が建っていたと想定されている。よく見ると建物を構成している柱の下には礎石が置かれ、外周部の通路を支える柱は掘立になっている。 見つかっている倉庫群は計6つ。うち発掘調査されたのは、今居る2号と隣の3号、礎石が露出展示されているのもこの2つだけのようだ。 2号倉庫跡の近くに建つ、高安城倉庫址の石碑。 では奥に向かおう。2号の奥には3号倉庫跡がある。 高安城倉庫址3号。ここにも整然と並ぶ礎石が露出展示されている。高台になっており、奥の一段低いところには4号倉庫があるが、すごい藪で進めず。ここから北の集落が少しだけ見えた。ということは建物があった当時は山麓からもこの倉庫群が見える位置に築かれていた。 倉庫3号の礎石群。周囲の笹薮がすごいことになっているので、キレイに整備されての礎石群展示だ。 ほぼ真四角の礎石。矢穴とは異なる古代技術で平らかつ四角く石材を加工する技術があったのだろう。 3号の倉庫の向こうには2号があり、その奥には1号、3棟の巨大高床式倉庫が1300年前にここにズラリと建ち並んでいた。 日本書紀によると高安城には当時の歴代天皇(天智、天武、持統、文武)らが行幸したとか。山麓からも巨大倉庫が見える、立派な兵站基地だったのだろう。 発掘されているのはここまでということだが、2号の説明板にあった場所を頼りに、奥の4号から6号を見に行ってみよう。奥は一面草ぼうぼうだが、時折簡素な案内板と、人が通れる幅程度に草が刈られた場所がある。 こんな感じで草むらを通り抜けていく。12月なのでこの感じ、夏場はかなり厳しいかも。 やや広い場所に出た。案内板が多数建っている。どうやらここが5号で、左に行くと4号、奥に行くと6号、と書いてある。 高安城倉庫址5号。まったくの笹薮と化している。 4号へ向かうルート。かろうじて笹薮の隙間を通って案内板が指し示す奥へ。 4号への道は笹薮のトンネル。 どうやらこの付近が高安城倉庫址4号のようだ。刈った笹薮が一面を覆っていて礎石らしい雰囲気も見られないが、先に見た3号はこの奥の上段で、段々に加工された削平地に高床式倉庫が建てられていた雰囲気は何となく分かる。 では戻ってきて、ラストの6号倉庫跡を目指そう。 ここが高安城倉庫址6号。ここも削平されていて、左側の谷を挟んだ向こう側が4号・3号があったあたり。つまり谷を挟んだ両側の高台に倉庫が建ち並んでいた。 写真では全く分からないが、現地では6号倉庫があった場所は少し高台になっていて、人工的に削平し固められたような跡が見られた。 谷に面した高安城倉庫址6号。 当日のGPSログマップ。信貴山城→古代高安城→中世高安城を辿っており、中央やや左上の緑で囲っているところが古代山城・高安城の倉庫跡。この後さらに西へ進み、大阪府(河内国)へ入って高安山の山頂に築かれていた中世の高安山城を目指します。
【信貴山〜高安山 縦走シリーズ】
・信貴山城 訪問記 − 其の一、二、三、四。
・高安城(古代) 訪問記 − 其の一。
・高安山城(中世) 訪問記 − 其の一。
訪問時期:2021年12月
撮影機器:FUJIFILM X-T20 + XF10-24mm