高安山城(中世) : 高安山頂に築かれた信貴山城の支城か

高安山城は大阪(河内国)と奈良(大和国)の国境にある高安山頂に築かれていた中世山城。城域の中央を破壊するようにハイキング道が通ることで遺構が分断されているが、元は土塁と堀切に守られた3つの曲輪からなる出城的な小規模の城郭で奈良側に位置する信貴山城の大阪側を守る支城(出城)、または旧道があったとするとその通行を監視制御するための番所的な位置づけであったかと考えられている。発掘調査からは16世紀の柱列、礎石群、武具などが出土している。信貴山城から古代高安城を経て、ここ中世高安山城へやってきた。

<基本データ>
●名称:高安山城
●所在:大阪府八尾市服部川 (地図)
●城主:松永久秀?
●築城:戦国末期頃
●遺構:空堀、土塁
●時間:30分(15:00-15:30)
●参考:戎光祥出版「近畿の城郭I

訪問時期:2021年12月

【信貴山〜高安山 縦走シリーズ】
・信貴山城 訪問記 − 其の一
・古代高安城 訪問記 − 其の一
・中世高安山城 訪問記 − 其の一


“高安山城(中世) : 高安山頂に築かれた信貴山城の支城か” の続きを読む

高安城(古代) : 奈良時代の巨大倉庫礎石群が残る古代山城跡。

古代山城・高安城(たかやすのき)は「日本書紀」に登場する古代山城で、天智天皇六年(西暦667年)に大和国に築城、何度かの修築を経て、大宝元年(701年)廃城となったと記録されている。大阪と奈良の境にそびえる生駒山地の南部、高安山の山中で発見された礎石建物跡が古代高安山と比定されているが、他の古代山城に見られるような礎石列や水門跡などは見つかっておらず、大和・河内の兵站基地として築かれたと見られている。信貴山城の西端より徒歩約15分ほどで到着する。

<基本データ>
●名称:高安城 (たかやすのき)
●所在:奈良県生駒郡平群町久安寺 (地図)
●城主:天智天皇
●築城:667年
●遺構:礎石建物跡
●時間:20分(14:20-14:40)
●参考:吉川弘文館「よみがえる古代山城」(向井一雄)

訪問時期:2021年12月

【信貴山〜高安山 縦走シリーズ】
・信貴山城 訪問記 − 其の一
・高安城(古代) 訪問記 − 其の一
・高安山城(中世) 訪問記 − 其の一


“高安城(古代) : 奈良時代の巨大倉庫礎石群が残る古代山城跡。” の続きを読む

信貴山城 [4/4] 最北端の曲輪側面に残る石垣跡を探す。

信貴山城 訪問記 其の四。

[前回までの訪問記 概要]
大坂と奈良の県境に位置する生駒山地に築かれた信貴山城。今回は奈良側から大阪側へ山地を縦走し、中世信貴山城・中世高安城・古代高安城の3つのお城をめぐるルートで歩いた。信貴山城はハイキングコースとなっていて、雌嶽・雄嶽を経て広大な屋敷地が広がる松永屋敷跡を散策。最後に松永屋敷と谷を挟んで西側に伸びる尾根筋の曲輪群を散策します。

訪問時期:2021年12月
信貴山城 訪問記 − 其の一


“信貴山城 [4/4] 最北端の曲輪側面に残る石垣跡を探す。” の続きを読む

信貴山城 [3/4] 坂虎口や枡形を備えた厳重な松永屋敷跡へ。

信貴山城 訪問記 其の三。

[前回までの訪問記 概要]
大坂と奈良の県境に位置する生駒山地に築かれた信貴山城。今回は奈良側から大阪側へ山地を縦走し、中世信貴山城・中世高安城・古代高安城の3つのお城をめぐるルートで歩いた。信貴山城はハイキングコースとなっていて、雌嶽・雄嶽を経て広大な屋敷地が広がる北側尾根へやってきた。その三では屋敷地の最奥に位置する、虎口を備えた松永屋敷跡を散策します。

訪問時期:2021年12月
信貴山城 訪問記 − 其の一


“信貴山城 [3/4] 坂虎口や枡形を備えた厳重な松永屋敷跡へ。” の続きを読む

信貴山城 [2/4] 松永屋敷・立入屋敷があった広大な削平地群へ。

信貴山城 訪問記 其の二。

[前回までの訪問記 概要]
奈良と大阪を隔てる生駒山地にある信貴山城跡。今回は奈良側から登山し、朝護孫子寺を経て信貴山城、古代山城の高安城、そして中世山城の高安城を経て、大阪側へ降りる縦走ルートを歩いてみた。まずは旧ケーブルカー軌道跡を通って中腹の朝護孫子寺へ、そこを抜けて信貴山城跡の雌嶽を散策した。続いて山頂の雄嶽を経て、北側尾根上に広がる広大な屋敷群跡を目指します。

訪問時期:2021年12月
信貴山城 訪問記 − 其の一


“信貴山城 [2/4] 松永屋敷・立入屋敷があった広大な削平地群へ。” の続きを読む