千早城 : 太平記で有名な “大楠公” 楠木正成公が築いた難攻不落の山城跡

千早城 (ちはやじょう) は、近隣の上赤坂城・下赤坂城とともに、鎌倉時代末期に楠木正成 (くすのきまさしげ) が築いた山城。後醍醐天皇の倒幕計画に伴い反(鎌倉)幕府の兵を挙げた正成は、大軍の幕府軍に対して寡兵ながら奮戦し撃退。鎌倉幕府の滅亡へと繋がった。そして倒幕後、足利尊氏らと新たな政治体制 建武新政 を始めるも、尊氏派と対立し、世は南北朝時代へと続いていく。現在は城跡は千早神社の境内となっており、当時の遺構は殆ど残っていない。

<基本データ>
●名称:千早城 (Wikipedia)
●所在:大阪府南河内郡 (マップ)
●築城:元弘二年(1332)
●築主:楠木正成
●遺構:曲輪
●関連:千早赤阪村HP


 

<訪問記>

chihaya01-s千早城跡へは山上へ続く長い石段を登らなければならない。石段の入口は府道沿いに突如現れる。大阪府道705号にある、この看板に注目。ちなみに車はココには停められず、近くの「まつまさ」というドライブインを利用する。100名城スタンプもそこにあるので、千早城に来る人の殆どが底を利用することになるだろう。スタンプは店が閉まると押せなくなるので、早めに押しておこう。

chihaya02-s石段の入口のところにある千早城跡の案内図。上までは約1時間かかるようだ。

chihaya03-s千早城の由緒書き。太平記によると、100万の鎌倉幕府軍に対し1000人足らずで100日間耐えた難攻不落の城とのこと。四の丸まで500数十段の石段。。。

chihaya04-s「まさしげくん」のゆるキャラも真新しい「千早城跡」の看板。そういえば上赤坂城跡にもこのキャラの看板が立っていた。後ろには鎌倉武士の甲冑を来た人形が、倒れている。

chihaya05-sでは、いざ城跡へ参る。最初の石段を仰ぎ見る。一段一段が高いので、非常に体力を使う。

chihaya06-s石段を上がり切ると、また石段が続く。

chihaya07-s千早神社 一の鳥居。靖国神社風のシンプルな鳥居だ。

chihaya08-sまだまだ続く石段。最初に比べ少し一段ごとの高さがマシになってきた。ちなみにこの石段は千早城ではなく千早神社の参道に伴って造られたものだろう。

chihaya09-s一の鳥居あたりまでは綺麗で幅広な石段が続いていたが、鳥居を超えてから徐々に狭くなり道も曲がりくねってくる。

chihaya10-sここで小休止。立派な石碑が建っている。「楠公之功與此山倶高」。楠公の功績はこの山と同じぐらい高いという意味だそうだ。明治31年建立。

chihaya11-s石碑を越えてもまだまだ石段は続く。段の高さは低くなったが、少し幅が広い部分もあったりして実に登りづらい。

chihaya12-sようやく石段の先に看板が見え、石段が終わりを告げる。ここまで約15分。

chihaya13-s石段の先にある「千早城趾」の看板。

chihaya14-sとても広い曲輪。最初にあった地図によると、ここは「四の丸」に当たる。

chihaya25-s四の丸には鎧兜の人形が立っていた。これは千早城籠城戦の際、楠木正成が寡兵で大軍に向かうための奇策としてワラ人形に鎧を着せ近づいた敵兵に矢を射掛けたという囮作戦に由来するものと思われる。

chihaya15-s四の丸の奥には二の鳥居があり、奥の三の丸へと道が続く。

chihaya16-s三の丸へと続く道は途中かなり凹んでおり、そこが堀切跡だという話だ。この写真はその堀切跡底から撮ったもの。

chihaya17-s三の丸。「千早城趾」の立派な石碑が立っている。昭和14年建立。

chihaya18-s三の丸は狭く、上述の石碑と、祠(摂末社)、そして社務所のような小屋が建っている。次の階段をあがると二の丸へ。

chihaya19-sこちらが二の丸。かなり広く、奥には千早神社の本殿が鎮座している。

chihaya20-s千早神社 由緒書き。八幡大菩薩に加え、楠木正成・正行(正成の子・小楠公)・久子(正成の妻) が祀られている。

chihaya21-s本殿へと続く三の鳥居。

chihaya22-s千早神社 本殿。現在の本殿は昭和7年築造とのことだが、非常に新しく感じる。修復が最近行われたのだろう。

chihaya26-s本殿の裏の丘の上がいよいよ「本丸跡」になるが、このあたりの里山は千早神社と一体で神聖な場所のため立入禁止という看板があり、ここまでで訪問を断念した。

あの楠木正成の城で、太平記でも油を掛けたりして寡兵で大軍の幕府軍を撃退したエピソードで有名な「千早城」。100名城にも登録され、期待してきたものの、遺構はほぼ無かった。歴史がすべての千早城跡。想いを馳せられるよう、登城前には太平記(の該当の場所だけでも)を読んで想像を膨らませてから来よう。山城な遺構を見るなら近隣の上赤坂城跡がベター。

訪問時期:2013年9月
撮影機器:SONY NEX-C3
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