天保山台場 : 人工の山を削って作られた幕末の台場跡。

天保山台場は、江戸時代の旧淀川にあたる安治川の河口左岸・天保山を削って築かれた西洋式の稜堡型台場。天保山はその名の通り江戸後期の天保期に、安治川底の土砂を浚って作られた人工の山で、幕末の海防強化の一環で安治川の左右両岸に台場群構築を計画、安政・文久と時代の激変に伴う紆余曲折を経て元治元年に竣工した。結局 他の台場と同様に天保山台場も実戦で使われることはなく、明治になり台場は廃止、明治後半には付近も大きく埋め立てられた。現在は台場跡の一角が天保山公園として整備されているが、台場感は残っていない。

<基本データ>
●名称:天保山台場 (てんぽうざんだいば)
●所在:大阪市港区築港 (地図)
●城主:徳川幕府
●築城:元治元年 (1864年)
●遺構:なし
●時間:30分 (18:00-18:30)
●参考:戎光祥出版「幕末の大阪湾と台場

訪問時期:2021年6月


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楠葉台場 [2/2] 稜堡式の堅固な南側に比べ、北側は一直線の単純構造。

楠葉台場 訪問記 其の二。

[前回までの訪問記 概要]
京阪樟葉駅から徒歩20分、住宅街の中に残る楠葉台場跡へ。現在は史跡公園として整備され、地元の人々の憩いの場所となっている。台場南面の巨大な堀や屈曲した台場の形状は美しく残り圧倒される。内部は耕作時に土塁や砲台などは失われているが、取り込んだ京街道の左右に築かれていた土塁などはかなり低くなっているが痕跡を残している。その二では北側の遺構を見て回る。

訪問時期:2021年6月
楠葉台場 訪問記 − 其の一


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楠葉台場 [1/2] 淀川沿いに築かれた幕末期の台場・関門跡

楠葉台場(くずはだいば)は、琵琶湖から京都を通り大阪湾へと流れる淀川の中流域に幕末に築かれた西洋式台場で、一部破壊されているものの当時の形状をよく留めている。現在の京都府と大阪府の境目、石清水八幡宮がある男山の手前に位置している。当初は大阪湾から京へ上ってくる海外艦船を攻撃する目的で勝海舟の指揮のもとで京都守護職・会津藩を中心に普請され、慶応元年(1865)に完成した。台場は当時の京街道を分断する関門としても機能しており、実際には禁門の変を起こした長州藩など反幕府勢の京都進撃を阻止する目的だったという。慶応4年、鳥羽伏見の戦いの際に旧幕府軍は楠葉台場に集結したが、対淀川下流の施設であったことから対岸からの砲撃や防御の薄い北側からの攻撃に耐えられず放棄、台場は新政府軍に接収されその役目を終えた。

<基本データ>
●名称:楠葉台場 (Wikipedia)
●所在:大阪府枚方市樟葉 (地図)
●城主:徳川幕府 (会津藩)
●築城:慶応元年 (1865)
●遺構:土塁、堀跡
●時間:30分 (14:40-15:10)
●参考:戎光祥出版「幕末の大阪湾と台場

訪問時期:2021年6月
楠葉台場 訪問記 − 其の一


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堺台場 : 堺港防衛のため幕府方が築いた西洋式台場

堺台場は大阪堺港に幕末期に築かれた西洋式砲台。浦和へのペリー来航の翌年、大阪湾(摂海)にロシア使節プチャーチンが来航。それを発端に大阪湾の各所で防衛用台場の計画が進められる。堺奉行は旧堺港の入口を守るように南北にそれぞれ台場を築き、その後引き継いだ彦根藩が西洋式の稜堡式に改修した。明治になり台場が不要となると払い下げられ、大浜公園として整備された。今も当時の石垣や土塁跡などが残る市民の憩いの場となっている。

<基本データ>
●名称:堺台場 (Wikipedia)
●所在:大阪府堺市堺区 (地図)
●城主:彦根藩・堺奉行
●築城:安政元年 (1584)
●遺構:石垣、土塁、堀跡
●時間:40分 (17:00-17:40)
●参考:戎光祥出版「幕末の大阪湾と台場
●情報:堺市立図書館 地域資料デジタルアーカイブ「堺御台場之図

訪問時期:2021年2月


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西宮砲台 : 外国船から大阪湾を守るために幕府が築いた砲台が現存。

西宮砲台は幕末期に大阪湾(摂海)防衛のため幕府が建造した砲台群の一つで、砲塔を格納した石塔堡と台場を構成した土塁・石積の一部が現存する。当時は二門の砲塔を備えた高さ12mの石造円堡を土塁で囲んだ円形の台場だった。当時の幕府軍艦奉行だった勝海舟が選地・設計を行っている。砂浜の上に築くという難工事で3年以上も掛けて建造された砲台だったが結局実戦で用いられることはなく、明治17年に火災で内部木造部分を焼失、民間払い下げされた後に史蹟となるも長らく放置され荒れ果てていたという。昭和49年の大河ドラマ「勝海舟」で注目されたことで外観修復および内部補強された。現在は海岸線の埋め立てにより海から少し離れた場所になっている。

<基本データ>
●名称:西宮砲台 (Wikipedia)
●所在:兵庫県西宮市 (地図)
●施主:江戸幕府
●築城:1866年(慶応二年)
●遺構:石塔堡、土塁、石積
●時間:30分
●参考:神戸新聞総合出版センター「ひょうごの城

訪問時期:2021年1月


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