亀浦城 [4/4] 中腹に残る縦積みの巨石を持つ曲輪へ。

亀浦城 訪問記 其の四。

[前回までの訪問記 概要]
美しく積み上げられた高石垣を持つ主郭部をぐるっと一周。巨大な食い違い虎口を越えて北の曲輪を見た後、最後に登り石垣と縦積み石垣を持つ山腹の居館跡を訪ねよう。

訪問時期:2017年11月
亀浦城 訪問記 − 其の一
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亀浦城 [3/4] 主郭の北側に築かれた巨大な食い違い虎口へ。

亀浦城 訪問記 其の三。

[前回までの訪問記 概要]
陸橋前の駐車場から散策スタート。主郭部は整備が進み美しい状態で高石垣が残る。折れを多く持つ複雑な形の石垣が堅固さを表している。北側に回り込んで主郭内へ。東の帯曲輪を遮断する張り出し部を散策。其の三では食い違い虎口から北の曲輪へ。

訪問時期:2017年11月
亀浦城 訪問記 − 其の一
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亀浦城 [2/4] 主郭東側の帯曲輪を分断する巨大な張り出し部へ。

亀浦城 訪問記 其の二。

[前回までの訪問記 概要]
亀龍寺の上の駐車場より散策スタート。登り土塁をあがって主郭部へ。倭城の中でもかなりの行き届いた整備と遺構を誇る亀浦城の主郭が目の前に現れる。高石垣をじっくり見て回り、其の二では回り込んで主郭上へ。

訪問時期:2017年11月
亀浦城 訪問記 − 其の一
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亀浦城 [1/4] 短命だったが高石垣や桝形虎口が良好に残る日本式城郭。

倭城 亀浦城
亀浦城は文禄の役で小早川隆景らによって洛東江沿いの丘陵上に築かれた倭城。上流には内陸部の前線基地だった梁山城があり、また西側には支流・西洛東江沿いに金海竹島城があり、亀浦城はその支城とも言われる。文禄の役後 一旦廃城となったようだが、慶長の役が始まると、戦線縮小のため梁山城が廃止され、慶長三年3月、毛利秀元により下流の亀浦城が再建された。黒田長政が在城するも、僅か2ヶ月後の5月には亀浦城も廃城となった。主要部を中心に高石垣や桝形虎口が良好に残る。

<基本データ>
●名称:亀浦城 (くぽ うぇそん)
●所在:釜山広域市北区徳川洞 (地図)
●城主:小早川隆景 毛利秀元 黒田長政
●築城:文禄二年 (1593)
●遺構:石垣、天守台、虎口、登り石垣
●情報:倭城

訪問時期:2017年11月

亀浦城 訪問記 − 其の一
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梁山城 [2/2] 森の中にひっそりと残る、本丸外周石垣。

梁山城 訪問記 其の二。

[前回までの訪問記 概要]
ハイキングコースから登城。石垣は大きく破壊を受け、残る石垣も僅かだが、それでも本丸外周や天守台付近は形が分かる程度には残っていた。其の二では尾根上に築かれた細い二ノ丸と、もう一つのピークである西の丸を見に行く。

訪問時期:2017年11月
梁山城 訪問記 − 其の一
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梁山城 [1/2] 戦線縮小のため短命で終わった内陸部最前線の城

梁山城(やんさん)は慶長の役で新たに築かれた内陸部 最前線の城。洛東江と支流との境目にある標高120mほどの独立丘上に毛利秀元らによって築かれ、黒田官兵衛 長政親子が在番したが、直後に発生した蔚山城 籠城戦で東端 西端 北端など補給が困難な地の城を放棄する戦線縮小が進み、翌年3月には秀吉の認可により廃城となった。頂部に本丸を置き、そこから東西に伸びる尾根上に曲輪を配置した典型的な山城スタイルで、戦闘中に意図的に廃城した経緯からか破壊が激しいものの、遺構はそこそこ残る。

<基本データ>
●名称:梁山城 (やんさん うぇそん)
●所在:慶尚南道梁山市 (地図)
●城主:毛利秀元 小早川秀秋
●築城:慶長二年 (1597)
●遺構:石垣、虎口、堀切
●情報:倭城

訪問時期:2017年11月

梁山城 訪問記 − 其の一
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倭城めぐり 4日目。

2017年秋に倭城めぐりに行って来ました。このページはその道中記をまとめています。倭城の話はそれぞれの城ごとにまとめた訪問記へどうぞ。
●道中記 1日目2日目3日目4日目まとめ
●訪問記 安骨浦城釜山浦城機張城西生浦城蔚山城永登浦城松真浦城長門浦城梁山城亀浦城


今日の行程。

最終日である4日目は、飛行機の時間まで、空港の近くの倭城へ行くことに。

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梁山城および亀浦城はどちらも慶尚南道を横断する河川・洛東江沿いに築かれた拠点で、湾岸を守る他の倭城と異なり、内陸部の戦線を維持するための重要拠点だった城だ。

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いずれの城も慶長の役では戦線維持の役割を担ったものの、蔚山城の籠城戦を経て戦線縮小に傾く中、支えきれなくなり途中で破棄された前線の基地だ。

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朝6時半起床。紫の空が美しい。朝8時。最後の朝食を食べ終えて、ホテルもチェックアウトし、トラベルタクシーに大量のトランクを積み込んで、いざ出発。


9城目:梁山城(やんさん うぇそん)

釜山湾から内陸部へ伸びる河川・洛東江沿いに築かれた倭城のうち、最も内陸部に築かれた、まさに最前線の基地だった梁山城。再出兵となった慶長の役で秀吉の命により毛利秀元らにより新たに築かれたが、築城直後に発生した蔚山城での籠城戦により戦線維持が困難となると、最も内陸だった梁山城は真っ先に廃棄された。

梁山城は現在 整備され、城跡というよりはハイキングコースの一部となっているという。9時、山麓に到着。登城開始。

詳細は訪問記へ。
梁山城 訪問記 其の一

11時15分、下山。出兵途中の撤退に伴う破城であったためか遺構の破壊が激しく、他と比べて残存状態も余りよろしくない倭城であったが、最前線を担った短命の倭城の緊張感を感じた城だった。最後に空港へ向かう途中にある亀浦城へ寄ろう。


10城目:亀浦城(くぽ うぇそん)

梁山城から洛東江を少し下った場所にあった内陸の拠点その2、亀浦城。元は文禄の役で築かれ慶長の役でも梁山破棄後に内陸側の拠点となったが、戦線縮小の波は止められず、其の二ヶ月後には亀浦城も破棄された。公園化され、散策もしやすいとか。

11時45分、駐車場へ到着。登城を開始する。

詳細は訪問記へ。
亀浦城 訪問記 其の一

13時半 下山完了。空港までは15分ほどという。飛行機は17時10分発、まだ時間にかなりの余裕がある。国内ならもう1城といきたいところだが、何があるかわからない異国の倭城めぐり、今回はここまでとしよう。


そして帰国の途に。

関西に住んでいたことがあるという観光タクシーの運ちゃんと関西談義をしながら空港へ。約15分で到着。色々わがままを聞いてくれ楽しい場を提供してくれた運ちゃんに心付けを渡し、空港へ。

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乗る予定の便は右側の17:10 関空(大阪)行き。それまでに5便ほど大阪行きがあるのだが電車と違って時間があるから早いのに載るというわけにはいかず。3時間ほど空港内で時間を潰すことに。昼ごはんを食べようとするも高すぎだったので止めて、イミグレーションゲートの中で過ごすことに。免税店で大量の韓国のりをお土産に買って(ごま油まぶし版が美味しすぎた)、カフェで小腹を満たす。

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一番奥にあったカフェ。パンを温めてくれて美味しかった。既にWiFiルータは返却済み、空港の無料WiFiがあるも繋がりづらいので、あちこちウロウロしてつながりやすい場所を探す。中二階みたいなところがよく繋がった。そろそろかなと思いゲートに移動すると、

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結局帰りも遅延 orz 行きはキャンセルされて変更便も前倒ししたのに結局遅延、帰りも1時間の遅延。これが韓国だと洗礼を受けた感じ。次回があったら飛行機絡みの時間は余裕を持って行こう。

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機内食。国際便とはいえ僅か1時間20分、出るのはこんな軽食。hite は韓国のビールブランドで、あっさりして飲みやすい。でもそろそろヱビス飲みたいなー。

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ということで帰国して関空のレストラン街にあるヱビスバーで晩ごはん。4日ぶりの日本食はハンバーグ、とても美味しゅうございました。

おしまい。

訪問時期:2017年11月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF10-24mm
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