対馬 金田城 [2/4] 高さ5mの巨大石垣が守る二ノ城戸へ。

対馬 金田城 訪問記 其の二。

[前回までの訪問記 概要]
軍道を通って石塁へ。突如開けた場所に現れる巨大な石塁の城壁に圧倒される。残存状態の良い東南角石塁や三ノ城戸を見る。更に北上し二ノ城戸を目指そう。

訪問時期:2019年1月
対馬 金田城 訪問記 − 其の一、三、四。


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対馬 金田城 [1/4] 長大な石垣の城壁を持つ最前線の古代山城

金田城(かねだじょう/かなたのき)は飛鳥時代に対馬に築かれた古代山城。663年の白村江の戦いで唐・新羅連合軍に破れた大和政権は、唐の侵攻に備え、九州から瀬戸内にかけて巨石を用いた山城を複数築いた。金田城はそのうち最も朝鮮半島に近い対馬の中央部に位置する。山頂部を囲むように築かれた長大な石垣の城壁と直方体に切り出した巨石の水門がよく残っており、圧倒される。近代になって陸軍が城跡に砲台を設置し、その際に造られた軍道が現在の登山ルートの大部分となっている。

<基本データ>
●名称:金田城 (Wikipedia)
●所在:長崎県対馬市美津島町 (地図)
●城主:大和政権
●築城:667年
●遺構:石塁、門跡、建物跡
●時間:5時間 (1230−1730)
●情報:続日本百名城 No.186 (一覧)

訪問時期:2019年1月
金田城 訪問記 − 其の一、三、四。


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対馬 桟原城 : 江戸時代に新造された対馬藩政庁跡、今は自衛隊駐屯地。

桟原城(さじきはらじょう)は桟原屋形とも呼ばれる、対馬藩の政庁・藩主の居城として江戸前期に新たに築かれた城館。当時は対州府城あるいは府中城と呼ばれて、家中では御屋形と呼ばれていた。それまでの居城・政庁だった金石城は手狭かつ港に近すぎて、当時貿易の主要相手だった朝鮮王朝からの使者(朝鮮通信使)を迎えるには余り適していなかったため、新たに厳原北部の小山に築かれた。築城にあたり港から桟原城までの大手道や城下町割りなどが整備され、今もその面影が残っている。城跡は現在は陸上自衛隊対馬駐屯地となり、中には入れないが周囲の石垣は今も残る。桟原城の第三門が移築現存する。

<基本データ>
●名称:桟原城 (Wikipedia)
●所在:長崎県対馬市厳原町 (地図)
●城主:宗義真(対馬藩三代藩主)
●築城:1678年(延宝六年)
●遺構:石垣、城門

訪問時期:2019年1月


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対馬 清水山城 [3/3] 二重虎口と櫓門跡とカーブする石垣が特徴的な一ノ丸へ。

対馬 清水山城 訪問記 其の三。

[前回までの訪問記 概要]
三ノ丸から細尾根を登り、急な岩盤の上にある二ノ丸へ。石垣も高く、鏡石を配置した桝形虎口も作られ、一気に織豊系城郭の雰囲気が出てきた。最後は山頂の本丸へと向かおう。

訪問時期:2019年1月
対馬 清水山城 訪問記 − 其の一


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対馬 清水山城 [2/3] 山麓からも見えた、急斜面に築かれた二ノ丸高石垣へ。

対馬 清水山城 訪問記 その二。

[前回までの訪問記 概要]
金石城奥の急坂の上にある登山口から、三ノ丸へ。岩盤の上に築かれた長い石垣。尾根の上に築かれた細長い曲輪がずっと山上まで続いているような印象だ。尾根を登って二ノ丸へ向かおう。

訪問時期:2019年1月
対馬清水山城 訪問記 − 其の一


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対馬 清水山城 [1/3] 宗氏居城・金石城の背後に築かれた総石垣の山城

清水山城は、対馬宗氏の居城だった金石城の裏山に築かれた石垣造りの山城である。秀吉による朝鮮出兵(文禄・慶長の役)に際して、秀吉の命で築城されたとされる。江戸後期の書物では毛利高政による築城とあるが、一次資料は見つかっておらず築城に関する詳細は不明。岩盤が露出した細い尾根上を削平し、石垣による虎口などを構築した堅固な山城となっており、倉庫や宿舎ではなく、攻撃予定だった朝鮮や明国からの反撃に備えた籠城拠点とも。なお現地には説明板は豊富だが図面が無いので、予め対馬観光物産協会のパンフレットを仕込んでいくと便利。PDFはコチラ

<基本データ>
●名称:清水山城 (Wikipedia)
●所在:長崎県対馬市厳原町 (地図)
●城主:宗義智
●築城:1592年頃
●遺構:石垣、虎口
●時間:2時間 (1015−1215)

訪問時期:2019年1月
清水山城 訪問記 − 其の一

関連リンク:対馬観光物産協会「朝鮮出兵の山城 清水山城」


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お船江跡 : 当時のドックが残る対馬藩の船溜まり跡。西漕手と万関橋にも。

お船江(おふなえ)は江戸時代に築造された対馬藩の御用船を係留した船溜まり跡で、当時の石垣造りの港湾の様子がそのまま残る、全国でも稀に見る貴重な遺構となっている。金石城の南東部に位置し、博多湾側に向かって港が構築されていた。関連する史跡として、対馬島の東西を渡る3つのルート(江戸期に掘削された大船越瀬戸、陸路で船を渡した西漕手・万関瀬戸)のうち、後者2つも訪ねてあわせて紹介します。

<基本データ>
●名称:お船江跡
●所在:長崎県対馬市 (地図)
●城主:宋氏
●築城:寛文三年 (1663)
●遺構:築堤、船渠、石垣
●時間:30分

訪問時期:2019年1月
関係する訪問記 − 金石城 その一 その二


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