伊賀谷城 [1/2] 明瞭な畝状竪堀と二連堀切が残る但馬の城砦。

伊賀谷城は豊岡市の北西、円山川の西側・伊賀谷集落の山中に築かれた中世山城。集落内の三柱神社(みはしらじんじゃ)の北の尾根に位置する。城は細い舌状の先端にあり、東西南の三方が急斜面で、北側は巨大な二連堀切で遮断されている。特筆すべきは城の周囲に作られた無数の畝状竪堀で、合計数十本の竪堀が城を取り囲むように作られており、それらが非常にキレイに残っている。登山口はなく、神社裏側から急斜面を直登するか、西側の谷筋を尾根に合流するまで登るかのルートとなる。築城主は畝状竪堀を多数持つことから、北側に位置する轟城主・垣屋氏の支城か、天正年間の但馬攻め時における毛利方・吉川氏が築いた陣城では、と推定されている。

<基本データ>
●名称:伊賀谷城 (いがだにじょう)
●所在:兵庫県豊岡市伊賀谷 (地図)
●城主:毛利氏?垣屋氏?
●築城:戦国期
●遺構:畝状竪堀群、土塁、堀切
●時間:1時間半 (13:30-15:00)
●参考:戎光祥出版「近畿の城郭II

訪問時期:2021年12月
伊賀谷城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

では再度切岸を降りて、今度は北曲輪(主郭)の周囲に築かれた竪堀群と、北側の尾根筋を強烈に分断する二連堀切を見てみよう。

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訪問時期:2021年12月
撮影機器:FUJIFILM X-T20 + XF10-24mm


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