安宅八幡山城 [1/3] 岩盤くり抜きの堀切や巨大空堀群が見所の、水軍安宅氏の城

安宅八幡山城(あたぎ はちまんやまじょう)は紀南エリアの白浜地区に位置する中世山城で、熊野水軍・安宅氏の有事の城として日置川沿いの平時の居館跡である安宅本城の裏山に立地している。昭和に発見された古文書「安宅一乱記」によると、当主であり八幡山城主でもあった安宅定俊が甥との家督争いとなり、享禄三年(1530)定俊は八幡山城にて自刃、八幡山城も落城した。岩盤をくり抜いた豪快な堀切や、城の主要部を取り囲むように掘られたダイナミックな巨大空堀群が見所。麓の安宅八幡宮には説明板や縄張図などが設置され、城内の維持作業が進められている。

<基本データ>
●名称:安宅八幡山城 (あたぎはちまんやまじょう)
●所在:和歌山県西牟婁郡白浜町矢田 (地図)
●城主:安宅定俊
●築城:15世紀頃
●遺構:土塁、横堀、堀切、曲輪、石積
●時間:1時間半 (15:00-16:30)
●参考:戎光祥出版「戦国和歌山の群雄と城館

訪問時期:2017年1月
安宅八幡山城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

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訪問時期:2017年1月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF14mm


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