田辺城 : 水門跡のみが残る紀州徳川家付家老の平城。

田辺城は紀伊国中央あたりを流れる会津川河口に築かれた平城で、元和期に徳川家康の十男頼宣が55万石で紀伊に来た際に、付家老だった安藤直次が田辺の領主となり築城した。以降明治まで安藤家が代々城主を務めている。河口に向け巨大な石垣の城壁と水門を持つが、本丸には天守や櫓はなく御殿や蔵のみで、江戸後期には陣屋と称されたともいわれるが、実際は本丸・二ノ丸が内堀・外堀で守られたまさに城構造だった。また幕末期には海に向け本丸内に台場も築かれた。明治に廃城となり、旅館や学校が建ち、かつて面していた海や川も埋め立てられ、今は内陸部に水門跡が主な遺構となっている。

<基本データ>
●名称:田辺城 (錦水城)
●所在:和歌山県田辺市上屋敷町 (地図)
●城主:安藤直次
●築城:元和五年(1619)〜
●遺構:水門跡
●時間:10分(17:45-17:55)
●参考:戎光祥出版「和歌山の近世城郭と台場

訪問時期:2017年1月


<訪問記>

訪問時期:2017年1月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF14mm


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