楠葉台場 [1/2] 淀川沿いに築かれた幕末期の台場・関門跡

楠葉台場(くずはだいば)は、琵琶湖から京都を通り大阪湾へと流れる淀川の中流域に幕末に築かれた西洋式台場で、一部破壊されているものの当時の形状をよく留めている。現在の京都府と大阪府の境目、石清水八幡宮がある男山の手前に位置している。当初は大阪湾から京へ上ってくる海外艦船を攻撃する目的で勝海舟の指揮のもとで京都守護職・会津藩を中心に普請され、慶応元年(1865)に完成した。台場は当時の京街道を分断する関門としても機能しており、実際には禁門の変を起こした長州藩など反幕府勢の京都進撃を阻止する目的だったという。慶応4年、鳥羽伏見の戦いの際に旧幕府軍は楠葉台場に集結したが、対淀川下流の施設であったことから対岸からの砲撃や防御の薄い北側からの攻撃に耐えられず放棄、台場は新政府軍に接収されその役目を終えた。

<基本データ>
●名称:楠葉台場 (Wikipedia)
●所在:大阪府枚方市樟葉 (地図)
●城主:徳川幕府 (会津藩)
●築城:慶応元年 (1865)
●遺構:土塁、堀跡
●時間:30分 (14:40-15:10)
●参考:戎光祥出版「幕末の大阪湾と台場

訪問時期:2021年6月
楠葉台場 訪問記 − 其の一


<訪問記>

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訪問時期:2021年6月
撮影機器:FUJIFILM X-T20 + XF10-24mm


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