鶴城 [1/2] 山名四天王の一人・田結庄氏の中世山城。

鶴城は但馬国 豊岡に残る中世山城跡で、但馬守護・山名氏の重臣(山名四天王)の一人・田結庄是義(たいのしょう これよし)の居城だった。戦国期になり山名氏が衰退、四天王がそれぞれ独立して力を持ち始めると田結庄氏は四天王の一角・垣屋氏と関係が悪化。田結庄氏は天正13年に垣屋氏に攻められ落城、田結庄氏は滅亡したという。鶴城は山頂の主郭を中心に尾根上に曲輪を展開し、堀切により城域を分断、切岸上に畝状竪堀群を築いて守っている。城跡は江戸時代に宝城寺、明治以降は愛宕神社となり、アクセスもハイキングコースとして整備されている。

<基本データ>
●名称:鶴城 (つるじょう)
●所在:兵庫県豊岡市 (地図)
●城主:田結庄是義
●築城:永享年間 (1429-1441)?
●遺構:土塁、堀切、切岸、畝状竪堀群
●時間:2時間 (9:30-11:30)
●参考:戎光祥出版「近畿の城郭IV

訪問時期:2017年11月
鶴城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

続いて其の二では主郭から北西に伸びる尾根上に築かれた、土塁に守れらた曲輪群を見ていきます。

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訪問時期:2017年11月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF14mm


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