積善寺城 : 秀吉の紀州攻めで根来衆が立て篭った平城跡

積善寺城(しゃくぜんじじょう)は元は岸和田三好氏に対抗すべく根来寺勢が築いた城砦で、天正十三年(1585年)の秀吉軍による紀州の雑賀・根来攻めの際に根来衆が籠もって戦ったことで知られる。近木川(こぎがわ)という東西に流れる川に沿う段丘上に築かれた平城だった。独立丘陵上に築かれた千石堀城が秀吉方の力攻めで落城すると、積善寺城を含む周囲の平城・陣城は「扱い(交渉)」により開城したという。城跡は宅地となり地表の遺構は見当たらないが、江戸時代の古絵図では三重の堀に囲まれた主郭に櫓が描かれており、発掘調査でも二重の堀跡が検出されている。現在は安楽寺が主郭推定地とされ、近くの川沿いに説明板が立てられている。

<基本データ>
●名称:積善寺城 (Wikipedia)
●所在:大阪府貝塚市橋本 (地図)
●城主:根来衆
●築城:永禄元年 (1558)
●遺構:なし
●時間:10分 (13:00-13:10)
●参考:戎光祥出版「大阪府中世城館事典」、戎光祥出版「近畿の城郭I

訪問時期:2021年2月


<訪問記>

訪問時期:2021年2月
撮影機器:FUJIFILM X-T20 + XF10-24mm


ページの一番上に戻る

積善寺城 : 秀吉の紀州攻めで根来衆が立て篭った平城跡” への1件のフィードバック

  1. コロナが収束してほしいです。以前のように自由に旅行したいです。
    地元の野菜を使った料理のレシピを公開して売り上げの一部を震災復興のために寄付しています。
    微力ですが頑張ってます。
    お互いに頑張りましょう。
    大分県下郷陽平町祭実行委員会

コメントは受け付けていません。