千石堀城 [1/2] 秀吉の紀州攻めに対抗して根来衆が築いた出城跡

千石堀城(せんごくぼりじょう)は大阪南部に良好に残る貴重な中世山城で、天正期の秀吉による紀州攻め(雑賀衆・根来衆)で和泉国に侵攻された際に、根来衆が和泉山脈の北側に築いた最前線の出城の一つ。この戦いでは近隣の集落と雑賀衆・根来衆がそれぞれ城郭を築いて秀吉と戦ったが、近木川を見下ろす丘に築かれた千石堀城を秀吉軍は力攻めし、相当な被害を被るも落城させたという。それを見た他の城は資料により異なるが大勢は「扱いにより落城(調停工作)」となった。激戦地となった千石堀城は頂部の主郭を二重の大きな横堀で守る典型的な戦国期の城郭で、食い違い虎口や土塁などの防御施設も残る。

<基本データ>
●名称:千石堀城 (Wikipedia)
●所在:大阪府貝塚市名越 (地図)
●城主:根来衆
●築城:天正13年(1585)
●遺構:土塁、横堀、土橋、曲輪
●時間:2h (13:30-15:30)
●参考:戎光祥出版「大阪府中世城館事典」、戎光祥出版「近畿の城郭I

訪問時期:2021年2月
千石堀城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

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訪問時期:2021年2月
撮影機器:FUJIFILM X-T20 + XF10-24mm


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