河後森城 [1/3] 予土国境に位置する連郭式の中世山城跡

河後森城(かごもりじょう)は愛媛県の南、伊予と土佐の国境地帯に位置する中世山城。独立丘陵の中央に位置する谷を囲むようにU字型に郭を配置し、堀切や切岸などで郭を守っている。城主は宇和西園寺氏に属した国人領主・渡辺氏で、当地が黒土郷河原渕領(くろつちごう かわらぶちりょう)と呼ばれたことから河原渕殿とも呼ばれた。戦国時代には隣国の土佐一條家より渡辺教忠を養子として迎え、最も栄えた。その後、秀吉の四国征伐により城は秀吉方となり、石垣や瓦葺櫓などを持つ近世的な改造を施され、後に宇和島築城の際に櫓が移されたという伝承も残る。国指定史跡として発掘に基づく各種復元や説明板が随所に設置され、草刈りも行われており非常に見やすい整備がなされている。JR松丸駅の裏山という駅チカ物件。

<基本データ>
●名称:河後森城 (Wikipedia)
●所在:愛媛県北宇和郡松野町 (地図)
●城主:渡辺氏
●築城:12世紀末か
●遺構:石垣、堀切、郭、井戸跡
●時間:2時間 (1230−1430)
●情報:続日本百名城 No.179 (一覧)

訪問時期:2019年7月
河後森城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

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訪問時期:2019年7月
撮影機器:FUJIFILM X-T20 + XF10-24mm

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