泗川城 [3/3] 陸続きの東側を守る巨大な二重堀切へ

泗川城 訪問記 其の三。

<前回までのあらすじ>
公園化され全面的に石垣が新たに積み直しされてしまった泗川城跡。どこまで当時の姿なのか悩みながら城内を散策。其の三では、何故か姫路城を参考に建てられた模擬城門と、陸路を防衛した巨大な二重堀切を巡ります。

訪問時期:2018年11月
泗川城 訪問記 − 其の一

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<訪問記>

wajo_shisen_55_5377天守台から見る城内。当時は三層程度の櫓がここに建っていたのだろうか。東の陸路経由の敵も十分見える高さになるだろう。実際、泗川の戦いでは陸路から明朝鮮連合軍 数万が攻めてきている。

wajo_shisen_56_5379天守台上から、附櫓台を見る。当時もあったかは不明。

wajo_shisen_57_5381天守台の上から、泗川湾方面を見る。右側下は先程降りた巨大横堀。

wajo_shisen_58_5385天守台から本丸全景を見る。かなり広い。では降りて、先程ちらっと見えた模擬城門の方へ行ってみよう。

wajo_shisen_59_5394本丸の上から見た模擬城門。手前が巨大な食い違い虎口になっている。

wajo_shisen_60_5396s少し角度を変えて。食い違い虎口かと思いきや、門のすぐ横に石垣の切れ目が見える。食い違い虎口ではなく、本丸の石垣の折れと正面の四角い石垣を組み合わせているだけのようだ。というか当時からこの形だったのかも不明。

wajo_shisen_61_5401sグルっと回って模擬城門の裏へ。土塀が復元されている。鉄砲狭間もなく、屋根も大きすぎてちょっと変な感じ。

wajo_shisen_62_5402模擬城門 裏側。日本式の城跡らしくしようと、典型的な日本の城ということで何故か姫路城が参考にされ造られたという。しかし細い柱に板塀一枚の門、妙に薄っぺらくて、本丸の城門としては威厳がなさすぎる。ここには巨大な櫓門がほしいところ。

wajo_shisen_63_5410城門を越えて表側へ。それっぽい。屋根が気になる。

wajo_shisen_64_5399屋根瓦を見てみると、朝鮮由来と言われる滴水瓦がすべての平瓦の下についている。しかも何故か揚羽蝶の紋入り。姫路城を参考にしたと言われ納得。意味も分からずとりあえず見た目だけパクる、こんなところにも韓国らしさ。(揚羽蝶は姫路城主だった池田家の家紋)ちなみに姫路城にも滴水瓦があり、姫路城内ではその由来や構造などがしっかり説明されていた。

wajo_shisen_65_5408城門 説明板。「城門は1592年の文禄・慶長の役で築かれ、その戦いの間に破壊された。復元作業は、2005年の発掘調査で出土した4つの礎石列と2列の穴に基づいて行われ、姫路城を参考に2006年に行った。」

wajo_shisen_66_5406城門の横に伸びていた道から。ここからだとダイレクトに城門にアクセス出来る。そして正面の土塀には四角い大小の鉄砲狭間が。

wajo_shisen_67_5413正面の本丸石垣の折れの部分から。

wajo_shisen_68_5423何が何だかわからなくなってきたので、このあたりにしよう。最初に入ってきた虎口から出る。このまま真っ直ぐ道が伸びているので降りてみよう。

wajo_shisen_69_5424コンクリートで舗装された道を降りる。奥に石垣が見えるが、桜が植樹されすぎていて、よく見えない。葉が付いたら全く見えなくなりそうだ。

wajo_shisen_70_5427ふと足元に設置されていた、現状の石垣ラインと思われる説明板。翻訳アプリをかざしてみると、上部は「泗川 ガイドマップ」、下部は「①天守閣址 ②記念碑 ③門 ④屋外コンサートホール ⑤トイレ」。公園地図だった。残念。

wajo_shisen_71_5428s駐車場に戻ってきた。駐車場を越えて更に奥へ行ってみる。外郭防衛ラインと言われる、陸側の二重の巨大な堀切が今も残るという。

wajo_shisen_72_5436まずは手前の堀切。これはかなり大きい、深い!土橋以外の場所は川に降りるような感じになる。当時は泗川湾から水を流し込んでいた可能性もある。

wajo_shisen_73_5442更に越えて奥へ。このあたりは かつての朝鮮側の古い土の城があった場所とのことで、むしろそちらサイドの(キレイすぎる)復元がなされているようだ。

wajo_shisen_74_5445左側が巨大な外郭防衛ラインの堀切、右側の盛り上がりが(復元されすぎの)土塁。

wajo_shisen_75_5448巨大な土塁。土塁を歩いて奥へ向かう。

wajo_shisen_76_5456何やら小屋が見えてきた。

wajo_shisen_77_5462土塁の内側にぽつんと建っている朝鮮式建物。入口が開いているので覗いてみよう。

wajo_shisen_78_5460建物の中は資料館になっていた。といっても泗川倭城ではなく、その前にあったと思う朝鮮王朝側の「土の城」のもの。ハングルと英語だが、よく見ると正面パネルの右下に「土城」と書かれている。土足禁止で靴を脱ぐのが面倒だったので入らず。

wajo_shisen_79_5464巨大堀切の中には、馬出しだったかもしれない 不自然な「島」が見える。車道が分断しているが、道の左右に島らしき盛り上がりがあった。

wajo_shisen_80_5468馬出しだったかも知れない「堀切の中の島」へ。畑になっていた。

公園化され歩きやすいのだが、肝心の遺構がほぼ失われてしまったと思われる現状。失われたものは戻らない。キレイなだけに、残念さが残る泗川倭城だった。

訪問時期:2018年11月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF10-24mm
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