鳥羽山城 [2/2] 本丸外周部の腰巻石垣などは夏場は草に埋もれ見えない。

鳥羽山城 訪問記 其の二。

[前回までの訪問記 概要]
本丸南の駐車場より散策開始。大手道から外枡形を経て本丸へ。夏場の訪問のため草に覆われて石垣があまり見えないが、立派な居館が建てられていたことは感じられる。其の二では本丸内部の散策と、本丸外周部に残る石垣を探してみます。

訪問時期:2018年8月
鳥羽山城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

tobayama_03_7988鳥羽山城 図面を再掲。現在は本丸南側の大手門を入ったところにいる。図面には描かれていないが、大手門の左側の土塁上に展望台が設置されている。まずはそこに入ってみよう。

tobayama_32_8036こちらが本丸南側土塁に設置されている展望台。

tobayama_33_8040展望台の上へ。特に説明板などはない。

tobayama_8039展望台の上から、南側を見る。眼の前に天竜川が流れているのだが、木々が生い茂っていてほんの僅かしか見えなかった。奥には平野が広がり、浜松の向こうには太平洋が見えるはずなのだが、そこまでは見えなかった。

tobayama_35_8042では本丸の内部を土塁に沿って見学していこう。まずは、発掘調査により発見された庭園跡へ。右側のエリアがそう。

tobayama_36_8043枯山水庭園跡 説明板。枯山水の庭園が見つかり、鳥羽山城は戦いのための城ではなく、むしろ迎賓機能を備えた居館として機能していたと考えられるようになった。

tobayama_37_8044枯山水庭園跡。石組みが残っている。

tobayama_38_8045続いて、本丸の東側に残る「東門跡」へ。こちらは左右を石組みで固めた堅固な城門となっている。現在は左右の土塁をつなぐ木橋が掛かっているが、当時ここにあったのは城門だったと思われる。

tobayama_39_8046本丸東門。右側と左側の積み方が全く異なっており、特に上部などは公園化の際などに大幅な積み直しが行われた事がわかる。

tobayama_40_8048本丸東門。内側から向かって右側(南側)の石垣は川原石のような丸い小さな石が乱雑に積み上げられている。

tobayama_41_8049本丸東門から外へ出てみた。草ぼうぼうだが、外枡形になっていたかのような雰囲気がある。

tobayama_42_8053東門を出て右に曲がると、本丸外周の石垣に沿って、大手道脇まで道が通じている。ただし現在はこの通り奥の方は草ぼうぼうで、大手道まで無事たどり着けるかは分からない。

tobayama_43_8054東門跡 説明板。やはり門跡周辺の石垣は大きく後世の改変を受けているとあるが、下部は当時の野面積みの石垣も残る、と記載されている。またこの東門にも暗渠跡があるという。探してみよう。

tobayama_44_8058草に覆われていたが、少し探してみて、暗渠跡の表示板と暗渠の蓋となっている岩なども発見。

tobayama_45_8062本丸内部へ戻ってきた。垣根と、ちょっと盛り上がったステージのような場所があったが、何かは不明。

tobayama_46_8063本丸北側の絡手門跡へ。垣根が植えられ狭くなっていて分かりづらいので、垣根の向こう側に行ってみよう。

tobayama_48_8065絡手門跡を外側から。石畳のあたりの左右に石積みっぽいのがあるので、このあたりか。垣根が植えられていたりして、木々も生い茂っていて、よくわからない。

tobayama_49_8067搦手門跡を出ると、本丸に沿って道が伸びている。斜面にいくつかの曲輪が造られていたようで、搦手門出て右側にも曲輪跡(広場)があった。道沿いに左側へ進む。

tobayama_50_8068左側が本丸土塁。正面に少し高台になった場所がある。階段を登って上へ。

tobayama_51_8069ここは笹曲輪と呼ばれる尾根の突端部分で、今は展望台になっている。

tobayama_52_8070笹曲輪の展望台より。突き出た岩盤の上に築かれており、眼下には天竜川が見える。訪問前日まで大雨だった影響で、泥水になっている。

tobayama_53_8073では本丸に沿って歩いて、駐車場へ戻っていこう。途中、本丸へ上がっていけそうな階段を発見。最初の図面にあったとおり、本丸西側には土塁の上部と下部にそれぞれ石垣が築かれていたようで(鉢巻石垣と腰巻石垣、とも呼ばれる)、それを見に行く事ができる階段かも、と登ってみる。

tobayama_54_8074草ぼうぼうで蜘蛛の巣も多いが頑張って登っていく。

tobayama_55_8075何度か折れ曲がって上へあがっていく。草が多いので分からなかったが、このあたりに鉢巻石垣があったのかも知れない。

tobayama_56_8076上へ到着。本丸外周土塁の上のようだ。本丸の西側に設置されている巨大ローラーコースターの入口があった。

tobayama_57_8072降りてきて、本丸西側にある屋敷跡のような曲輪へ。道の右側がそう。

tobayama_58_8077立派な広い石段を降りる。

tobayama_59_8078低いながらも石垣で区画された曲輪。重臣の屋敷があった? 調査報告書によれば、城郭に直接伴うものであるか検討が必要、とあった。

tobayama_60_8079曲輪の中央部には岩盤が露出した場所も。築山にも見えるが、調査報告書によると評価は難しいようだ。ちなみにこの奥に、先程土塁の上で見たローラーコースターの降り口がある。

tobayama_61_8084再び本丸外周に沿って進むと、腰巻石垣と書かれた標柱が。石垣はどこ?

tobayama_62_8082どうやら盛大に草が生えていて見えなくなっているだけで、どうやらこのあたりにびっしりと石垣が積まれているようだ。上部は失われているものの、高さ1mほど、数段の石垣が本丸南西隅を中心に遺存している。

公園化され整備はされている鳥羽山城跡だが、見所である升形虎口や大手道、腰巻石垣などの後期の居館化に伴う遺構を良好に見ようとすれば、草が無くなる冬あるいは早春の時期に訪れるのが良い。

訪問時期:2018年8月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF10-24mm
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