二俣城 [2/3] 急斜面の上に築かれた巨大な大手虎口へ。

二俣城 訪問記 其の二。

[前回までの訪問記 概要]
かつての堀切跡に作られた山腹の駐車場から城内へ。堀切、馬出しを越え、食い違い虎口から本丸へ。城内の石垣は多くは崩れているが天守台は(整備されているからか)キレイに積み上げられている。其の二では二ノ丸から大手虎口跡を経て、西曲輪を散策します。

訪問時期:2018年8月
二俣城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

futamata_32_7881本丸南側に残る虎口跡。右側の一段低い場所が二ノ丸跡だ。

futamata_19_7913説明板掲載の二俣城図面を再掲。現在は本丸の右下部、「一之門」と書かれたあたりに居る。ここから一之門、二之門を経て二之曲輪へ入り、追手虎口を見てから、本丸左側に描かれている西曲輪を目指そう。ちなみに図の下部に描かれている「蔵屋敷」「南曲輪」あたりは立入禁止だった。石垣もあるようなのだが、残念。

futamata_33_7884本丸から二ノ丸へと向かう虎口。一之門と書かれている。大きな門がここに建っていたのだろうか。

futamata_34_7885一之門と二之門(ちょうど赤黒の工事具材が置かれているあたり?)の間には「桝形門」と書いてある。どこにどう門が建っていたのか、ちょっと分かりづらい。

futamata_35_7886升形門を越えて、二ノ丸の土塁の上を歩く。奥に見える石垣は二ノ丸から山麓へと続く入口にあたる、巨大な大手門跡だ。

futamata_36_7887土塁の上から大手虎口へ。

futamata_37_7888土塁の上から大手虎口を見下ろす。かなりの幅がある。この間を横切るように櫓門が建っていた、というよりは、向こう側に櫓が建ち(櫓台)、こちら側は土塀や柵と門番が居るスペースだったのかも知れない。左側は急斜面になっており、攻め手からするとかなりの堅固さが伺える。

futamata_38_7890土塁を降りて、大手虎口へ入ってみよう。石垣のど真ん中に巨木が生えていたようだ、切り倒されて久しいようだが、大型台風でも来たら石垣ごと持っていって倒れてしまいそうなぐらいの大きさだったかも知れない。

futamata_39_7892大手虎口を下から。左右の石垣が一直線上ではなく、左側の櫓台がやや前に張り出している。石垣の雰囲気も異なり、左側のほうが大ぶりで古い印象を与える。かなりずれてはいるが算木積みの様相も残る。右側は整然と積まれているものの隅部が算木になっておらず、公園化で積まれたものかもしれないと邪推してしまう。

futamata_40_7893向かって左側の櫓台石垣。上の方が崩れつつあるが、結構な巨石が荒々しく積み上げられている。

futamata_41_7894一方 向かって右側の石垣。野面ではあるが目地がそろった布積みになっており、左側とは雰囲気が全く異なる。

futamata_42_7896大手虎口からは今もつづら折れの上り道があったので少し降りてみて大手虎口石垣を見上げる。急斜面の上にそびえたつ石垣という印象だ。

futamata_44_7906櫓台の上から、大手虎口を見下ろす。かなりの急斜面、かなりの高低差だ。この上に二層なりの櫓があったかと思うと、其の上から見下ろすとすごい高低差だったことだろう。

futamata_45_7902櫓台から奥に伸びる土塁の上を歩く。二ノ丸の外周土塁となっているようだ。

futamata_46_7903土塁を奥まで進むと、小さな石垣などがあったが、右側には「城山稲荷神社」があり、先程の大手虎口も含めてその参道として再整備されている可能性もあるかなと感じた。

futamata_47_7907二ノ丸はこのとおり、城山稲荷神社の境内となっている。

futamata_48_7908二ノ丸と本丸との境目には、一段高い本丸外周部に石垣が見られ、二ノ丸側の入口は土塁に囲まれた升形のようなスペースになっていた。

futamata_49_7909本丸外周の石垣。かなり崩れてしまっており、端っこと木の下ぐらいにしか残っていない。

futamata_50_7932では二ノ丸から更に奥へ進み、尾根沿いに一段降りて行く。南曲輪・西曲輪方面を目指そう。

futamata_51_7933ハイキングコースとして整備されている階段を降りていくと、奥に大きな凹みが見えてきた。二ノ丸と蔵屋敷・南曲輪を隔てる大堀切だ。

futamata_52_7934大堀切へ。かなり埋まっているのだろうが、ごそっと掘られている。右側にスロープ状の場所も見えるものの、ハイキングコースとして堀底を右に曲がるようにロープで仕切られており、奥には行くなというサインも。眼の前の土塁の上は「蔵屋敷」更にその奥には「南曲輪」があるのだが、行くのは諦める。

futamata_53_7935大堀切を見る。向こうの斜面まで大きく掘り削られている。

futamata_54_7938ではハイキング道に沿って大堀切を右へ曲がり、斜面に沿って降りていこう。右側は本丸切岸、左側はしばらくは急斜面が続く。

futamata_55_7944左側の斜面には、川原石のような丸い小さな石で固められた石積み土塁を持つ曲輪がいくつか現れた。居住スペースのようにも見える。

futamata_56_7945しばらく降りていくと、遊具があるスペースへ。草ぼうぼうと蜘蛛の巣だらけでとても遊ぶ気にはならなかったが、よく見ると結構な広さの削平地。西曲輪にあたるようだ。

futamata_57_7946更に下に降りていくと、あずやまがあった。あのあたりが水の手曲輪にあたるのだが、井戸らしき跡は見当たらなかった。此処から先はまた山道になり、そのまま下山してしまうルートだったので、ここで引き返す。

futamata_58_7950資料によると、先程遊具があった西曲輪の側面には高石垣があるという。かなりの草ぼうぼうでどうやって下に降りるのか、下からあがってくるのかすら分からなかったが、2014年に西曲輪が発掘調査された当時などは草が刈られ簡単に降りられたのかも知れない。なんとか草の隙間から石垣を発見。目ではよく見えたが写真には写しづらい角度。

futamata_59_7951石垣が見えたあたりを上から散策。確かに石垣の天端があった。この下にどーんと高石垣がある模様。降り口を探したが蜘蛛の巣だらけで断念。

其の三では、かつて天竜川から城へ水を汲んでいたという井戸櫓(復元)と、自刃した松平信康の墓所があるという清瀧寺へ向かいます。

>> 二俣城 [3/3] へ続く。<<

訪問時期:2018年8月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF10-24mm
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