浜松城 [3/3] 籠城時の生命線だった天守台の地階に残る石組井戸。

浜松城 訪問記 其の三。

[前回までの訪問記 概要]
主要部のみが整備されて残る浜松城へ。天守台の一段下にあたる本丸の石垣は改変されているようだが、そこから間近に見える天守曲輪の野面積み石垣が荒々しく迫力満点。復元された天守門を越えて、巨大な野面積み天守台に乗る小さな模擬天守へ。当時の附櫓台跡を通って中に入る。

訪問時期:2018年8月
浜松城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

hamamatsu_50_8151では浜松城の模擬天守へ入ってみよう。この先から有料となる。8月の暑い日だったが入ってすぐにオシボリサービスがあり、生き返る。

hamamatsu_51_8155天守1階には色々展示されているが、一番目を引くのがこれ。元亀3年、侵攻する武田信玄を討つべく三方ヶ原に繰り出す際の家康像を再現したものとか。家康31歳の像。このときの敗戦で描かれた「しかみ像」ではなく、その前の意気揚々とした姿を再現しているのが面白い。築城400年記念事業で作成されたそうだ。

hamamatsu_51a_8155毛やシワの再現までしっかりしていて、とてもリアル。ちなみに「しかみ像」の方も立体像が造られ、そちらは復元された天守門の方にあるとか。

hamamatsu_52_8154城郭の全容、説明板。石垣は浜名湖北岸の舘山寺町で切り出された珪岩、とある。舘山寺町はかんざんじ温泉があるところか。そこから浜松湖から東に川が伸びた先にある佐鳴湖まで運ばれ、浜松まで陸送されたようだ。

hamamatsu_53_8160二階へ。破風の裏側のスペースに巨大ジオラマが置いてある。天保年間(1830〜43)の浜松城と城下町の様子が再現されている。

hamamatsu_54_8161浜松城部分をアップで。天守門と西側の埋門があるが、内部には天守台があるのみになっている。本丸の内部も同じだ。二ノ丸以降には屋敷や御殿などが並ぶ。

hamamatsu_55_8163複製甲冑。特に右側は葵の御紋がドンと描かれている。徳川家に伝来する、紺色威黒鎧二枚胴具足(こんいろおどし・くろよろい・にまいどうぐそく)。

hamamatsu_56_8182THE昭和、といった感じが微笑ましい「戦国時代の大名」パネル。よく見ると戦国の「戰」が旧字だ。安土あたりに織田氏(何故か天守の絵は犬山城?)、大阪というか姫路あたりに豊臣氏(天守の絵は大坂城)、駿府あたりに徳川氏(天守の絵はここ浜松城か)と天下人が三つ巴で描かれていたり、武田 上杉 今川 伊達 毛利 島津 龍造寺 大友 長宗我部 三好・・・と戦国大名オールスターズに加えて、柴田 明智 吉川 小早川と言った有力家臣団も描かれ、姉小路 城井 佐渡の本間氏など一部が細かく描かれている。絵柄もいい雰囲気出してて面白い。

hamamatsu_57_8167では最上階へ。天気が良いと東側に富士山が見えるというが、かなりの晴天かつ空気が澄んだ状態(冬)でないと厳しいだろう。

hamamatsu_58_8165回廊は金網が張られ安全だが写真はこのとおり。真下に天守門が見える。

hamamatsu_59_8166西側にある天守台からの張り出し部・八幡台。天守台よりも高く造られている。後ほど見に行ってみよう。

hamamatsu_60_8169s最後に天守地階へ。天守台の上には石積井戸が築かれていたという。当時は恐らく一階から下に降りるのではなく、犬山城のように入ったところが地階で、松江城のようにそこに井戸が設けられていたのだろうと推測。(写真:松江城地階の井戸)

hamamatsu_61_8170天守地階の井戸。すごく湿度が高い。

hamamatsu_62_8171浜松城の井戸について 説明板。天守内部に井戸があれば籠城戦も水については問題なし、だろう。

hamamatsu_63_8175石積み井戸の中を覗き込む。すでに埋められ水は湧いては居なかった。上の調査時の写真を見るともっと深くまで掘られていたようにも見える。

hamamatsu_63a_8187では模擬天守を出て外へ。出口の石段を見る。当時は松江城天守や犬山城天守のように、附櫓から地階を経て天守一階へ行くルートだったとすると、この眼の前の階段は公園化の際に築かれたものということだ。見た感じでは分からなかった。古絵図を見るとどっちとでも取れるような感じに描かれていた。

hamamatsu_64_8197天守を出て、最後に天守曲輪の西側を見てみよう。天守曲輪の中にも井戸があったようだ。

hamamatsu_65_8188天守台の西側に張り出すように造られている八幡台。左側の石垣ではなく、右奥の、大木の後ろにちょろっと見える天守台よりも高い位置に積まれた石垣がそれ。

hamamatsu_66_8189八幡台 説明板。城内で最も高い位置にある石垣で、天守台より5段ほど高く、八幡大菩薩を祀っていたものと思われる、とのこと。しかしここに説明板があると、脇に巨木があることもあって、てっきり左側の石垣が八幡台かと現場では勘違いしてしまった。左側の石垣は、天守曲輪西側の埋門跡となる。

hamamatsu_67_8190天守曲輪西側の埋門跡。両側の石垣の上を土塀がまたがり、その下に城門が築かれていた。

hamamatsu_68_8191埋門から西側を見る。

hamamatsu_69_8194天守曲輪西側の埋門跡。大きなスロープ状の土橋(坂道)の途中に築かれている。

hamamatsu_70_8195荒く割ったままの石材をそのまま積み上げたような石垣。400年以上経ってもこの荒々しいトゲトゲした表面を保っているのはすごい硬さだ。

hamamatsu_71_8196独特の質感を醸し出している埋門跡の石垣。

hamamatsu_72_8204では下城。天守門を出る。このあたりは平べったい石が積み上げられている印象。片岩だろうか。徳島城の石垣の雰囲気に似ている。

hamamatsu_73_8208sそのまま下へ降りてきた。下の方は本丸石垣、荒く割った大きめの石材が積まれている。その上にそびえる天守曲輪の平べったい石垣とは大きく雰囲気が異なる。

hamamatsu_74_8214おまけ:浜松といえば「さわやか」。げんこつハンバーグ をいただいて、次のお城へ。人気店で結構混んでるので、行く前はホームページで待ち時間をチェックしながら行こう。

訪問時期:2018年8月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF10-24mm
– – – – – – – –
ブログ人気投票参加中. いつも投票アリガトウ(^-^)

投票するのも、順位を見るのも、上↑のアイコンを押してね!
ページの一番上に戻る