浜松城 [2/3] 巨石が配された天守門と天守附櫓の石垣が見所。

浜松城 訪問記 其の二。

[前回までの訪問記 概要]
元二ノ丸の市役所駐車場からスタート。以前は模擬天守がよく見えたが天守門が再建され重なって見えなくなってしまった。本丸部分が公園化された浜松城跡へ。荒っぽく割られたままの石材を積み上げた野面積み石垣が満載。若き日の家康像を見てから、最上部の天守曲輪へ。

訪問時期:2018年8月
浜松城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

hamamatsu_27_8121本丸と天守曲輪の間の帯曲輪的なスロープへ。ゴツゴツした石垣のすぐ横を通りながら、復元された天守門へ。

hamamatsu_28_8125天守門の左右には「鏡石」と呼ばれる巨石が埋め込まれている。見るからに重そうな巨石だ。隅部に鏡石を置くと、他の城で見られるような「正面は大きいが実は薄っぺらい」見せかけの巨石は使えない。

hamamatsu_29_8122門脇の鏡石 という説明板まであった。他に鏡石が使われている城門の事例として挙げられているのは、彦根城太鼓門[写真]、岡山城本丸の不明門[写真]、松本城太鼓門[写真]。升形の正面に巨石が使われているケースは多いが、言われてみれば確かに、櫓門の左右に隅石として使われているケースはそうあまり見かけない。

hamamatsu_30_8128天守門を越えて天守曲輪へ。この構図が好き。よく見るとちゃんと礎石の上に柱が載っている。

hamamatsu_31_8129天守門の礎石 説明板。発掘調査と古絵図から、門柱の位置および門扉の大きさなどを推定。遺物から素材も推定できたようだ。先程見た礎石は、もともと発掘された礎石(地中に現存)の真上に、同じ浜名湖北部産の珪岩(けいがん・堆積岩が熱変性した変成岩)を用いたとか。ブラタモリでタモリが見せるような、岩を見て種類を即答することは難しい。

hamamatsu_32_8130こちらが珪岩を用いた新たな礎石。熱で変性しました、という感じの真っ白の石。

hamamatsu_33_8133天守門の内側。実は向かって右側から、再建された天守門の二階部分へ入る事ができたようなのだが、なぜか気付かず入らなかった。発掘調査の結果や最新の研究結果などがパネル展示されているらしいので、次回訪れた際はぜひ入ってみたい。門の脇にでも「中に入れます →こちら」などと書いてくれてればヨカッタ!

hamamatsu_34_8132天守門入った場所から、天守台の上に乗る模擬天守を見る。堀尾時代の天守の姿は分かっていない。当時は秀吉家臣ということで黒い天守にした?

hamamatsu_35_8134浜松城跡 説明板。

hamamatsu_36_8135浜松城の石垣(野面積み)説明板。字が多くて現地で読むのは大変だが、図も描かれておりちゃんと読めば分かりやすい。石材は珪岩(砂などの堆積岩の熱変性)が殆どで、他に石灰岩(海中生物の堆積岩)や結晶片岩(変成岩、徳島城の石垣が有名)も見られるとか。石垣は正確にはいつ積まれたものかは判明していないものの、家康時代ではなく、やはり堀尾吉晴 時代(1590頃)という説が有力とある。

hamamatsu_37_8136s天守曲輪の中には巨大な天守台や井戸がある。天守へは細かく何度も曲げられた通路を通る仕組み。附櫓的な建物があり、すでにここはその中かも知れない。

hamamatsu_38_8201天守門前から天守までのルート。当時はどのような建物がここに存在していたのだろう。

hamamatsu_39_8199奥の附櫓台のようなところに附櫓があり、今いる手前の石段部分には、かつて存在したかもしれない天守横の御殿の入口だったのかも知れないなあ、と妄想。

hamamatsu_40_8138天守曲輪内から、天守への石段と天守門を見返す。

hamamatsu_42_8141天守曲輪の端っこへ行ってみよう。土塁のように盛り上がっている。

hamamatsu_43_8142天守曲輪のサイドの石垣と、下の曲輪。南側は石垣は上部のみで、下は土ベースの切岸になっていた。古絵図によるとこの切岸(土の斜面)の下には大きな空堀があったようだ。

hamamatsu_43a_8139天守曲輪と天守台石垣、模擬天守と天守門、全景。天守台に比べて模擬天守がかなり小さい。模擬天守の中には結構こういうパターンも多い(例:伊賀上野城)。

hamamatsu_44_8145では模擬天守へ入ってみよう。その前に、天守まで続くこの折れ曲がりまくりの石段が見所。まずは正面右側にいきなりの鏡石。

hamamatsu_45_8144天守台 説明板。天守台の西側には八幡台と呼ばれる突出部もあるという。そして今目の前にある張り出し部は附櫓台のようだ。想定ではあるが、当時は望楼型で三重四層の巨大天守であったと考えられるとも。犬山城 天守のような感じかな。

hamamatsu_46_8146では附櫓跡へ。左側の隅石は縦に積まれている。

hamamatsu_47_8147附櫓台の内部から入口を見返す。付櫓の石垣内部、地下1階にあたる場所。

hamamatsu_48_8148入口は狭いが中はやや広くなる。

hamamatsu_49_8150附櫓台の上から、天守台の北側を見てみる。絵図を見ると細い帯郭のような場所があるが立入禁止なのでここから見ておこう。

>> 浜松城 [3/3] へ続く。<<

訪問時期:2018年8月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF10-24mm
– – – – – – – –
ブログ人気投票参加中. いつも投票アリガトウ(^-^)

投票するのも、順位を見るのも、上↑のアイコンを押してね!
ページの一番上に戻る