忍城 [1/3] 映画のぼうの城の舞台として有名になった「浮城」。

武蔵 忍城
忍城(おしじょう)は関東北部の湿地帯に築かれた平城。沼地に点在する島を橋で繋いだ、大変堅固な城だったという。秀吉の小田原攻めの際に城主の成田氏は籠城し、石田三成率いる豊臣方が水攻めを行うも落城しなかったエピソードが映画「のぼうの城」で取り上げられたことで一躍有名となった。江戸期に改修され絵図等で伝わる縄張りが完成したと言われるが、明治の廃城後に城を囲んでいた水堀のほとんどは埋め立てられた。現在は主郭部に土塁の一部と模擬三階櫓が築かれている。ドラマ「陸王」でも度々登場。関東七名城の一つ。

<基本データ>
●名称:忍城 (Wikipedia)
●所在:埼玉県行田市 (地図)
●城主:成田氏 / 松平氏 / 阿部氏
●築城:1478年頃
●遺構:水堀、土塁、石垣跡
●情報:続日本百名城 No.118 (一覧)

訪問時期:2018年9月
忍城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

oshi-jo_01_8446忍城は、秩父鉄道の行田市駅(ぎょうだしえき)の近くにある。駅舎のこのレトロ感。

oshi-jo_02_8447では駅から歩いて忍城へ向かおう。あちこちにこのような案内板があるので迷わない。駅と城の間の「観光情報館ぷらっと ぎょうだ」で無料でレンタサイクルがあった。

oshi-jo_03_8449レンタサイクルに乗って行田の街めぐり。5分ほどで忍城主郭跡のある公園へ到着。この水堀は地図によると位置が一致しているように見えるので現存か。ちなみにこの手前にある125号線も本丸周りの水堀だった。

oshi-jo_04_8450しばらく奥へ進むと、忍城のシンボル・三階櫓が見えてきた。残念ながら位置も形も異なる模擬櫓とのこと。往時の三階櫓はここではなく、城域の南東端にあった。

oshi-jo_05_8453水堀と掛かる橋、そして城門と三階櫓。お手軽に撮れる定番ショット。

oshi-jo_06_8459橋の上から三階櫓と水堀を見る。ちなみに本丸周囲は土塁に囲まれ、往時の図を見ると森と化していたようだ。政庁としては二ノ丸以降にあった。

oshi-jo_07_8456では橋を渡って城門から本丸内へ入ろう。模擬と分かっていても雰囲気あって気分は盛り上がる。

oshi-jo_08_8461立派な城門。扉は固く閉ざされ、脇の勝手口から入ろう。右端に忍城址の石碑。門の左右にはちゃんと土塀も再現されており、鉄砲狭間もある。

oshi-jo_09_8462城門を内側から。

oshi-jo_10_8463城門入ったところにある「忍城の由来」説明板。簡潔に分かりやすく忍城のことがまとめられている。

oshi-jo_11_8464では三階櫓に行ってみよう。門を入って左側に三階櫓があるものの、案内板は右側を指している。櫓には、有料の資料館を通じてしかたどり着けない構造になっている。案内板に沿って右奥へ。

oshi-jo_12_8465途中、本丸の隅に鐘楼があった。史蹟碑が建っているので現存鐘楼かと思ったが、よく見ると「史蹟 忍城の鐘」となっている。鐘楼は模擬だった。

oshi-jo_13_8466忍城の本丸隅にある鐘楼。文化財である忍城の鐘はここにはなく、資料館内から三階櫓へ続く廊下の途中にあった。

oshi-jo_14_8467いきなり現れるこちらの現代的な建物が、三階櫓へと通じる行田市郷土資料館。200円。

oshi-jo_15_8471中の展示スペースは写真NGだが、入口あたりはOKなようだ。入ってすぐにある忍城のジオラマ。よく見ると、往時の姿ではなく、現在の忍城公園の姿だった。

oshi-jo_16_8476中は写真NGなのですっ飛ばして、三階櫓へと渡ってみよう。古い旅館の案内板のような「忍城三階櫓」パネル。

oshi-jo_17_8478三階櫓へと通じる、現在の御廊下橋。資料館と三階櫓とを繋ぐ陸橋。

oshi-jo_18_8483三階櫓の展望台へ。一階と二階はいろいろ展示されていたが写真NGのためカット。

oshi-jo_19_8480三階櫓からの眺望。周りに高い建物が無く、地平線まで見渡せる。

oshi-jo_20_8481三階櫓からの眺望その2。西側にあたる。天気の良いときははるか遠くに富士山も見えるという。

oshi-jo_21_8482窓の下にあった眺望説明。左側に見えている学校の奥あたりに富士山が見えるようだ。訪問時は普通に曇り空で全く見えなかった。

oshi-jo_22a_8487では三階櫓から出て、本丸内を散策してみよう。駐車場へ。駐車場へ入るところにも脇戸付きの小さな門が建っている。特に説明等はなかったが、Wikipediaによると、これも忍城ゆかりの門とのこと。

oshi-jo_23_8488駐車場の脇に、立派な「忍城御本丸跡」の石碑が建っていた。

oshi-jo_24_8489石碑の裏側には説明。写真では小さくなってしまったので書き下し。「下野唐沢山 宇都宮 太田金山 佐竹の大田山 厩橋 川越 忍を関東七名城と古くからいわれ その忍城の中郭が御本丸であったが 天守閣はなく 昼なお暗い木立で諏訪曲輪 二ノ丸 井戸曲輪と二重、三重にかこまれていた。」

oshi-jo_22_8490では更に奥へ向かってみよう。左側の土塀脇に注目。

oshi-jo_25_8491土塀の脇には、石材が陳列されている。

oshi-jo_26_8492忍城櫓の石垣。廃城により解体され、石垣もすべて撤去されたが、櫓台などに使われていた石材が単体でこうして残っているという。

oshi-jo_27_8495表面をキレイに加工した石材。崩された後もどこかに置かれていた石材を公園化の際に集めてきたのだろうか。

oshi-jo_28_8494其の横にはこちらもキレイに加工された、礎石。説明がなく、どこの門の礎石だったのかは不明だが、かなりの大きさだ。

oshi-jo_29_8496本丸の南西部へ。一つの城門が建っている。これは数少ない忍城にまつわる現存遺構という。

oshi-jo_30_8513控え柱の上に小さな屋根が載っている、高麗門形式。

>> 忍城 [2/3] へ続く。<<

訪問時期:2018年9月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF10-24mm
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忍城 [1/3] 映画のぼうの城の舞台として有名になった「浮城」。” への1件のフィードバック

  1. 私ものぼうの城を観て、読んで、行きたかった城です。
    でも、調べたら車でないと行きにくそう。諦めてました。
    細かいレポート、ありがとうございます。
    行った気になりましたが…ますますこの目で見たくなりました!

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