馬神城:離島に築かれた因島村上氏 青木城の支城。

馬神城は因島村上氏の戦国期の居城だった青木城の支城として、青木城とともに築かれたとされる城。青木城の北西に位置するが、当時は因島とは繋がっておらず離島だった。因島村上氏の側用人頭 末永有馬介景光が守っていたと伝わる。標高91.6mの馬神山の山頂に築かれ、小さな曲輪がいくつか連なる程度だが、東側を除く三方は急峻な崖となっている。山麓一帯は蚊取り線香の材料で有名な「除虫菊」の産地となっている。

<基本データ>
●名称:馬神城 (馬神山城)
●所在:広島県尾道市因島重井町 (地図)
●城主:末永有馬介景光
●築城:永禄十年 (1567)
●遺構:曲輪

訪問時期:2014年12月


<訪問記>

murakami_kaigun_mapしまなみ・芸予諸島に点在する村上水軍ゆかりの城たち(プロットは当Webサイト掲載分のみ)。馬神城は広島寄りに位置する因島(いんのしま)の北西端。すぐ東側にある因島村上氏の居城・青木城の支城と言われる。

innoshima_umakami-01_3605島の北西端、突き出るような形の半島にある馬神山。頂部が平らになっている。現在は「因島の馬神山」だが当時は離島だったとか。

innoshima_umakami-02_3607馬神山へ登っていこう。石垣は城とは関係なく、一帯の畑を造成した際のものか。登り口脇に看板が立っている。

innoshima_umakami-03_3609馬神山は、蚊取り線香の材料となる除虫菊の一大産地となっている。そして、その「←除虫菊」という看板の後ろ側に、隠れるように古い木の案内板が。「址へ」と見える。

innoshima_umakami-04_3610除虫菊の看板の裏を見ると、やはり「馬神城址へ」案内板だった。なんたること!

innoshima_umakami-05_3612除虫菊の産地だからか、道はコンクリートでガッチリ舗装されている。そして、フンの後始末は飼い主の義務です!

innoshima_umakami-06_3615コンクリートの舗装道を歩きながら、半島の先っぽを見る。奥の山の山頂あたりが平らになっている。あそこが馬神城か。

innoshima_umakami-07_3623どんどん山の中へ。恐らく正面が馬神城。といったあたりまで来ると、右側に石積みづくりの立派な段々畑が現れる。

innoshima_umakami-08_3625これが除虫菊の栽培地のようだ。観光地になっているのか、説明板まで出ている。除虫菊の畑を見に来て何が面白いのかちょっとよく分からないが、それは山城も(趣味じゃない人にとっては)同じか。蚊取り線香ファンの聖地。説明板によると、除虫菊はペルシア産で、ここ因島・重井町は日本最大の除虫菊の産地だとか。

innoshima_umakami-09_3627除虫菊を越えて更に奥へ。道はまだ続いているが、手前に看板を発見。

innoshima_umakami-10_3629馬神城跡の説明板と案内板。案内板が右上を向いているのは、右側のコンクリートの壁の上に上がれ(一つ前の写真を見ると右側に細い坂道がある)という意味。

innoshima_umakami-11_3630馬神城(馬神山城)説明板。因島村上氏の居城・青木城の支城として、同じく永禄10年頃に築城。城将は因島村上氏の第五家老で側用人頭の末長有馬介景光(矢冶馬介景親)。

innoshima_umakami-12_3631案内板の指す方向、この坂道をあがる。

innoshima_umakami-13_3632この上もかつては除虫菊の畑だったのか、モノレールの線路跡が残る。畑となった山城跡でよく見る風景。

innoshima_umakami-14_3636そして山へ向かうと、石がゴロゴロしている。石積みのような跡も見られるが、どこまでが遺構で、どこまでが畑の痕跡で、どれが自然なのか、見分けがつかない。

innoshima_umakami-15_3637巨石とその間の道。当時はこちら側(南側)は海に面しており、ここから直接あがってくるルートではないと思うが、この岩石は虎口か見張り台か、何かに使えそうな様相。

innoshima_umakami-17_3642巨石群の脇を通りながら山頂を目指す。特に案内板などもないので、知っている人と行かないと不安になる。

innoshima_umakami-18_3644いよいよ山頂が見えてきた。岩石の脇に造られた石段らしき場所。これは当時のもの?

innoshima_umakami-19_3645巨石を回り込み、山頂へ。石積みらしきものも見えるが社のものか。

innoshima_umakami-20_3647馬神城 主郭。広い!

innoshima_umakami-21_3648主郭の先端部には祠が3つと、昭和45年の史跡柱。

innoshima_umakami-22_3650馬神城 主郭跡から見る因島。

innoshima_umakami-23_3666馬神城 主郭跡 全景。きちんと削平してあり、木々も無く未だ眺めも良い。

innoshima_umakami-24_3651少し奥へ向かってみよう。

innoshima_umakami-25_3656奥には大きな堀切のような凹みがあり、その奥にも曲輪があるようだ。

innoshima_umakami-26_3658東の端の曲輪。こちらも削平はされているが、眺望は無い。当時は本城である青木城と通信するために視界も開けていたことだろう。

innoshima_umakami-27_3660ベンチがあったが、ちょっと眺望を楽しめるような場所では無かった。登山客用の休憩所か。遺構としてはあっさり・緩やかな感じだが、戦国期の因島村上氏の居城だった青木城と馬神城は、その位置関係からもセットで見ておきたい。(お互いからお互いが見られなかったのが残念)

訪問時期:2014年12月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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