甘崎城 [3/3] かつて城山に築かれていた石垣や虎口を求めて山の上へ。

甘崎城 訪問記 其の三。

[前回までの訪問記 概要]
海割れを待って歩いて甘崎城へ。南の三段隅石垣を見て、東側に残る岩礁ピット群を越えて北の小島周辺を散策。其の三では東側の「城ノ道」から主郭部へ上がってみます。

訪問時期:2018年6月
甘崎城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

amasaki_59_6070島の西側中央部あたり。岩盤が緩やかに伸びてきている場所を発見。これが「城ノ道」か。

amasaki_60_6074このスロープから上にあがる。縦や横に岩盤に溝が掘られている。かつて何か手すり的なものが作られていた? 今は全く持つところもなく、地面もヌルヌルなので、木が生えているところまで頑張ってなんとか登る。

amasaki_61_6075木々の中へ入ると、まだ少し斜面が続いているが、このあたりは普通の山城と同じような感じで難なく登れる。いつもとの違いは足元、いつもはグリップの効く登山靴だが、今日は全く踏ん張りが効かないクロックス。

amasaki_62_6077sしかも最後はむき出し岩盤となった。クロックスで上がる岩ではない。ここまで来たので木々に捕まりながら登る。

amasaki_63_6078何とか上へ。諸国古城之図によると「城ノ道」をあがると石垣で虎口や食い違いが造られているように描かれているが、この通り全く何も見えない。かろうじて、道のような木々のスキマがある。北側(写真後ろ)へは全く進めなかったので、南(写真前方)へ。

amasaki_64_6080途中 全面がヤブに覆われる。地面が見えず、クロックスで進むのには躊躇されるが、行くしか無いので進む。

amasaki_65_6081しばらくヤブの中を進むとまた道が出てきた。ほっと一安心だが、遺構らしいものは見えない。

amasaki_66_6083主郭部の外周は石垣が築かれていたようだが、全て撤去されたか崩れ落ちたか、全くその痕跡は無いようだ。

amasaki_67_6084一番南の端まで来た。ヤブはないが遺構も無い。

amasaki_68_6085城山の南端には、縄張図で言う「虎口5」が存在する。岩盤に沿って斜めに降りていく道があった。ここを見ると、こちら側から登れば良かったと思ったが、一番下は急な岩盤で、降りれても登れる場所ではなかった。当時はハシゴかなにかがあったのだろう。

amasaki_69_6088城山の上から見ると、これぐらいの高さ。木々を切り落としていれば、このあたりの海峡を通る船は一望だ。

amasaki_70_6093降りていくと、岩盤に沿ってつづら折れの道がしっかりと築かれていた。写真では分かりづらいが、そこそこの角度があり、枯葉が積もっているのでよく滑る。

amasaki_71_6095足元がクロックスということもあるが、降りることは出来ても、登ることは難しい急斜面の山道。道幅も狭く、木々が生い茂っているので断崖絶壁感は無いが、もし全て伐採されていればかなり恐怖を感じる道だろう。

amasaki_72_6096岩盤を少し削って作ったような細くて急な道。何度もズルズルと滑り落ちた。

amasaki_73_6098sそしてここから先は道が無くなっていた。あとはズルズルと降りるだけ。正面は掴まるところすら無いので超危険、右側の木々に掴まりながら降りていく感じ。

amasaki_74_6100南の虎口から降りてきた。下から見るとこんな感じ。これは登れない。諸国古城之図にも描かれていないルート。当時はハシゴか櫓か、何かが途中のつづら折れ道まであったのだろうか。

amasaki_75_6102さて、時間は 18:00。最も干潮になる時刻とのことで、最初に見た南の隅石垣を再度見に行ってみた。しかし西日がきつくなってきているので、全体的に黄色く、また影が長く写ってしまうのは致し方なし。

amasaki_76_6107南の隅石垣と甘崎城南端。ここだけポツンと残っている印象。

amasaki_77_6127隅石垣の先も水面がかなり後退していた。下がれるギリギリまで下がって撮影。大三島側と違って、こちらは波があるので、水は濁り、地面も凸凹のため余り水の中を進むのはやめておいた方が良さそうだ。

amasaki_78_6132現在 18:05。最も干潮の時間。石垣もここまで露出した。

amasaki_4089(参考)2014年に海上から見た甘崎城。島の右手前の海中に黒く写っている線が、残存石垣の一部か。今回いかに海面が後退したかがよく分かる。

amasaki_79_6135隅石垣とその下の岩盤。かなり緩やかに積まれているように見えてしまうが、少し斜めの構図にしているため。

amasaki_80_6145sかなり西日となってきた。18:15。日の入は19時頃。そろそろゆっくりと戻ろう。東側の大きな石垣の凸部。

amasaki_81_6148石垣の凸部を外側から。これは海の上からではなく、細く出来上がった「道」の上から。道の全貌は後ほど。

amasaki_82_6154戻りながら甘崎城の全景と 干上がった海の道を見てみよう。

amasaki_83_6155現在 18:28。干潮より20分ほど過ぎているが、これだけの道ができている。渡り始めの頃には全く無かった姿だ。

amasaki_84_6156そして最初に出来ていた手前の島へ行ってみると、こちらは完全に島状態になっていた。ここが3時間ほど前まで全て海だったとは信じられない。

amasaki_85_6157最初に海面上に出てきたと思われる場所は、まるで土塁のように盛り上がっていた。城の遺構では無さそうだ。そして島の北側に、ニューンと道が出来ている事がわかる。

amasaki_86_6161日が沈んできた。じきに城山も影になってしまうだろう。名残惜しいが、そろそろ戻ろう。

amasaki_87_6162また数時間後にはこのあたり一帯は海に戻ってしまう。

amasaki_88_6164完全に道ができている。右側に伸びているのが最初に出来た島。

amasaki_89_6168大三島側に戻ってきて、島の正面へ戻る。

amasaki_90_6176最初の看板があった場所まで戻ってきた。手前の島は結局ほとんど伸びなかったが、左側は完全に道が出来上がっている。

amasaki_91_6177看板のある場所から、正面に甘崎城を見る。現在 18:40。来たときの姿とは全く大違いだ。再掲してみよう。

amasaki_11_5956再掲、16:40時点での ほぼ同じ構図の甘崎城。この違い!

 

amasaki_92_6181誰も居なくなった甘崎城。日暮れも間近だ。誰かが描いた「上」の旗印。

amasaki_93_6202いよいよ日が沈んできた。甘崎城全体が日陰に。人も去り、波も穏やかになり、鏡面のように城山が映し出されている。

amasaki_94_6210現在 19:06、日没。おつかれさまでした。

最後に、2014年にしまなみクルーズに行った際に寄った、干潮ではない通常の甘崎城の姿をお届けします。今回の姿との違いは興味深いです。

amasaki_40752014年12月の甘崎城。岩礁ピットがあったヌルヌルした岩盤はおろか、ある程度の高さがあった南の隅石垣すら完全に海面の下だ。

amasaki_4084干潮の時以外でも、島の南西側は少しだけ陸地があるようだ。

年に1−2回「海割れ」が起きて、歩いて渡ることが出来る甘崎城。村上水軍の海城めぐりの際は、ぜひ 能島城 と合わせてコースに入れておきたい場所だ。

訪問時期:2018年6月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF10-24mm
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