長門浦城 [2/2] 総石垣の城壁でガッチリ固められた北曲輪群。

長門浦城 訪問記 其の二。

[前回までの訪問記 概要]
車道沿いの北曲輪群を散策。駐車場から歩いて五分で最初の曲輪へ。曲輪は山頂に向かって段々に築かれており、外周には土塁と石垣で高い壁が設けられている。各曲輪は食い違い虎口で接続されている。最頂部の本丸を超えて北側へ。其の二では北曲輪群の西側の石垣を見ながら駐車場に戻ろう。

訪問時期:2017年11月
長門浦城 訪問記 − 其の一
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<訪問記>

wajo_chanmunpo-29_7552北曲輪群の西側へやってきた。見返すと本丸が見える。

wajo_chanmunpo-30_7553北(湾方面)を見ると、斜面に沿ってまだ幾つか曲輪が段々に築かれていた。外周部に石垣がよく残るようなので、外周石垣に沿って少し北へ向かってみよう。

wajo_chanmunpo-31_7555本丸北の斜面上に築かれた曲輪の隅石垣。中央部に比べて隅石はしっかりした大きさの石が使われていた。

wajo_chanmunpo-32_7556角度を変えて。しっかりと残っている。

wajo_chanmunpo-33_7557もう少し奥へ行くと、苔むした古い石垣があった。よく見ると中央部に縦積みの石が見える。

wajo_chanmunpo-34_7559石垣の中央に据えられた縦積みの石。何か象徴的だ。

wajo_chanmunpo-35_7561再び主郭方面へ戻りながら。このように斜面に築かれた「城壁」というべき長い石垣が、ずっと続く。かつてはこの上に柵や塀があり、更に幾つかの櫓がそびえていた。

wajo_chanmunpo-36_7565小山ではあるが山頂に向かって段々に曲輪が築かれていることが分かる。

wajo_chanmunpo-37_7570三段の石垣。当時は塀や建物があり、こういう風に段々に築かれた石垣をここから見ることは石垣普請直後ぐらいしか見られなかったかも知れない。

wajo_chanmunpo-38_7572主郭部まで再び戻ってきた。他の曲輪よりもしっかりと積まれている。隅石も大きい。ここは主郭の一段北側の曲輪外周で、ここからは見えないがもう一段上に本丸がある。

wajo_chanmunpo-39_7574s湾岸を守る監視の城とはいえ、なかなかの規模で築かれている。

wajo_chanmunpo-40_7576s斜面に登るように築かれた主要部外周石垣。

wajo_chanmunpo-41_7577削平されているのは曲輪の上だけなので、外周石垣はこのように斜面に直接築かれている。ここだけ見ると登り石垣。

wajo_chanmunpo-42_7580下を見ても、まさに登り石垣風。実際には本丸を頂点とした尾根上に築かれた複数段の段曲輪の外周石垣。

wajo_chanmunpo-43_7585本丸が見えてきた。ここは石垣が少し切れている。虎口だったか。

wajo_chanmunpo-44_7587本丸石垣。北西端にあたる。

wajo_chanmunpo-45_7588少し右へ進むと、石垣の折れがある。本丸の上を歩いている時は気づかなかったが、倭城を歩く によるとここは天守相当の櫓が建っていたとされている場所。つまり張り出し部だ。

wajo_chanmunpo-46_7589右側の張り出している石垣が、北曲輪群の天守台とされている場所。かなり大きな櫓台だ。なお南側の山上に築かれていた南曲輪群にも巨大な天守台跡があり、城内に複数の天守相当の巨大櫓を持つ構造だったようだ。記録は残っていないようだが、この上にかつて三層ほどの高層櫓がそびえていたということか。

wajo_chanmunpo-47_7590天守台石垣の脇を通って南側へ。

wajo_chanmunpo-48_7592天守台の南東端まで来た。ここも斜面に隅石垣が築かれているため、足の長い石垣となっている。

wajo_chanmunpo-49_7594天守台の南東端隅石垣。ガンガンと割って造ったような荒々しい尖りが、未だ健在している。反りは全く無い。伝 福島正則普請。

wajo_chanmunpo-50_7595本丸の南東端へ。凹状になっているが、右側の石垣は外枡形を形成する石垣。左側が本丸の南東端にあたる。

wajo_chanmunpo-51_7598本丸南外枡形の隅石垣。外枡形とはいえこの作り込み。

wajo_chanmunpo-52_7599sこの下は、最初に入ってきた土塁で囲まれた鞍部直結の曲輪となる。向かいの山が南曲輪群を持つ山となる。

wajo_chanmunpo-53_7613下山して、再び長門浦城の北曲輪群を見上げる。車道から直接これが見えるのは凄い。

wajo_chanmunpo-54_7621反対側から。既に17時過ぎ、日没も近い。今回は時間が無く 長門浦城は湾側の北曲輪群だけの散策となったが、山上には巨大な天守台から伸びる登り土塁や曲輪内を仕切り石垣で分断しているなど、倭城の特徴をよく見せる良好な遺構が残るという。次回 倭城めぐりの際は 長門浦城の北曲輪群にも是非訪れてみたい。

訪問時期:2017年11月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF10-24mm
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