安骨浦城 [2/4] まさに石の要塞、I郭の天守台へ。

安骨浦城 訪問記 其の二。

[前回までの訪問記 概要]
駐車場より安骨裏城へ。まずは北の城 III郭とIV郭を散策、天守台や郭外周の石垣はそこそこ残っているもののあまり整備されていないのでヤブの中。続いて南側のI郭 II郭方面へ向かう。

訪問時期:2017年11月
安骨浦城 訪問記 − 其の一
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<訪問記>

北の城(III郭・IV郭)から戻り、いよいよ南の主要部(II郭・I郭)へと向かう。

wajo_angolpo_30_6188ここから先はかなり整備されている!奥に整然と積み上げられた石垣が見える。其の手前の細長い郭は草刈りがしっかり行われている。壮観だ。右側の低い部分が道で左側は建物などがあった場所だろうか。

wajo_angolpo_31_6190外周石垣の手前には犬走り的な低い段が設けられ、其の外側にもわずかながらに石垣の跡が見える。二段に積み上げられていたようだ。

wajo_angolpo_32_6191右へ曲がると、食い違い虎口が見えてきた。坂道(石段?)の周りを石垣の壁が固めている。

wajo_angolpo_33_6193I郭 食い違い虎口へ。おお、まるで名護屋城の虎口そっくりじゃないか!

wajo_angolpo_34_6195虎口手前の石垣はきれいに切りそろえられた直方体の石材が、算木積みでしっかりと積み上げられている。

wajo_angolpo_35_6197虎口の内部へ。左側の石垣を見ると微妙に折れ曲がりのような箇所も見える。当時どういう目的でどういう構造をしていたのだろうか。

wajo_angolpo_36_6204虎口を内側から見返す。ここに櫓門があった?左側の支える石垣も巨大だが、大きく崩れてしまっている。

wajo_angolpo_37_6199I郭内。とても広い!そして外周部は石垣・土塁がぐるっと囲んでいて、左奥に見える天守台の手前だけが 1mほど土が盛られていた。

wajo_angolpo_38_6203外側の土塁に沿って歩いてみよう。土塁の内側も石垣づくり。

wajo_angolpo_39_6217一番端っこ(北西端)から I郭全景を見る。入ってきた虎口が左奥、右奥が天守台となる。そして城の右奥は当時は港だったが、今はほぼ埋め立てられ、高層ビルが立ち並んでいた。

wajo_angolpo_40_6219I郭 の隅部を見下ろすと、縦に積まれた巨石が一部残っていた。倭城では一部の城郭でこういった石材を縦積みした遺構が見られた。

wajo_angolpo_41_6214I郭の北西端から、更に西にある II郭方面を見る。I郭と II郭をつなぐ細い郭には、左側(港湾側)に大きな石垣の城壁を持っていたようだ。両方の郭が外から見るとつながっているように見えたことだろう。

wajo_angolpo_42_6213I郭には、先程入ってきた北東の虎口以外に、南西にも小さな入り口があったようだ。正面奥に平虎口のあとが見える。右側の石垣が切れているところは崩れただけ、か。

wajo_angolpo_43_6223I郭 南西端より。目の前に平虎口があり、右奥に天守台跡も見える。こちら側は反対側と違って、やや低めの石垣の直下に犬走りが設けられている。

wajo_angolpo_44_6231犬走りへ降りてみた。やや低めの石垣に見えたが、上部が大きく全体的に落ちてしまったのかもしれない。このまま犬走りを通って天守台へ向かってみよう。

wajo_angolpo_45_6234I郭 南西端の櫓台。I郭は長方形をしていて、おそらく四隅に櫓が建っていたのだろう。

wajo_angolpo_46_6235犬走りに沿って少し進む。見返して南西端の櫓台を見る。

wajo_angolpo_47_6238犬走りから逆に天守台方面を見る。このあたりまで来ると石垣の高さもそこそこになってきた。やはり南西側は低い石垣ではなく、上部が崩れ落ちていただけのようだ。

wajo_angolpo_48_6246南東端の天守台へ。外周の石垣から更にかなりの高さで築かれている。張り出しているので一番下部からの高さはかなりのものだ。

wajo_angolpo_49_6247I郭 天守台 隅石垣。整形度合いはやや甘く、ゴツゴツした無骨な野面積みといった様相。大型の石が使われており迫力を感じる。

wajo_angolpo_50_6251南東側から、天守台を見上げる。壮観。

wajo_angolpo_51_6252少し下がって天守台全景を見る。これ以上下がると藪の中。主要部と外周も少し草刈りなどの整備がしっかり行われていることがよくわかる。すばらしい。

wajo_angolpo_52_6257I郭 天守台。近寄って見上げた雰囲気(2枚前の写真)と、離れて見た雰囲気とでは、かなり印象が異なる。角度によって表情を大きく変えるのが石垣の面白いところ。

wajo_angolpo_53_6258天守台を越えて北へ。当時の高さに近いと思われる石垣がそのまま残っている。

wajo_angolpo_54_6264天守台。ここは側面になるので、石はそれほど大きくない。

wajo_angolpo_55_6265犬走りを通って石垣が一部崩れた場所までやってきた。ここから上にあがれそうだ。

wajo_angolpo_56_6270天守台の正面へやってきた。天守へは郭から一段高い土塁の上から入っていたのだろう。正面も石垣の段があるので、当時は木の階段かはしごが掛かっていた、か。当時目の前には何層かの天守がそびえ、其の向こうの湾岸を守っていた。

wajo_angolpo_57_6277天守台の上には、説明板と石碑が立つ。

wajo_angolpo_58_6278天守台の石碑。史蹟 熊川安骨里城 とある。日本統治時代に建てられたもののよう。

wajo_angolpo_59_6274天守台に立つ説明板。ハングルと英語のみ。日本海軍による石の砦で、防衛力強化のために1593年(文禄二年)に日本軍により築かれた、と書かれている(英語の方)。

wajo_angolpo_60_6275天守台の上から I郭全景を見る。土塁に囲まれた要塞、という感じだ。

>> 安骨浦城 [3/4] へ続く。<<

訪問時期:2017年11月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF10-24mm
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