向羽黒山城 [3/3] 一曲輪の東側に築かれた大堀切と大切岸も必見。

向羽黒山城 訪問記 其の三。

[前回までの訪問記 概要]
三曲輪駐車場から伝 盛氏屋敷、三曲輪、三日町口虎口、二曲輪を経て、南端最頂部の一曲輪を目指す。一曲輪の東側を守る巨大竪堀を見て、いざ一曲輪へ。

訪問時期:2017年5月
向羽黒山城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

mukai_haguroyama-71_0135巨大竪堀を越えて、一曲輪の東側へ。

mukai_haguroyama-04_0226-2登城口にあった復元鳥瞰図を再掲。現在、一番上(南)に描かれている一曲輪の真下の大竪堀を越えて、その左側(東)にある幾つかの曲輪群の中を進行中。

mukai_haguroyama-72_0136一西曲輪群の一つ。桝形虎口を形成している。正面奥の切岸の上にあがるには、左側をぐるっと回り込まないといけない。

mukai_haguroyama-73_0138横堀と土塁、切岸。斜面を上ってきた敵兵はここを直接越えていくのはかなり至難の業だ。

mukai_haguroyama-74_0141空堀に沿って奥へ進んでいくと、ずっと奥まで土塁と空堀が続いていた。

mukai_haguroyama-75_0144一番奥まで回り込むと、そのまま岩盤むき出しの斜面へ接続。コチラからはやはり登れそうにない。敵兵は堅固な虎口を抜いていくしか無さそうだ。

mukai_haguroyama-76_0145反対側から。素晴らしい遺構。

mukai_haguroyama-77_0148更にもう一段あがる。

mukai_haguroyama-78_0151こちらも上り口は桝形虎口が形成されている。取り囲むような高い土塁が残る。

mukai_haguroyama-79_0157そしてこちらも切岸と土塁、横堀。

mukai_haguroyama-80_0160このような小曲輪が、一曲輪の東側に何段も築かれている。弁天曲輪と呼ばれる場所の近く。

mukai_haguroyama-81_0161いよいよ一曲輪のある山頂へ。

mukai_haguroyama-82_0162こちらも小さな虎口となっている。

mukai_haguroyama-83_0164先ほどの下の堀切と奥の土塁、曲輪を見下ろす。迷路のように道が曲がりくねっていることがよく分かる。

mukai_haguroyama-84_0166もう一段あがる。一曲輪はすぐそこだが、なかなかたどり着かない。

mukai_haguroyama-85_0172目の前の石段の上が、一曲輪。ここはその手前の最後の砦。ブルーシートがかかっているあたりが少し盛り上がっている、ここにはかつて向羽黒山城(の一曲輪)を代表する高い建物が建っていた、と言われる。天守というより物見櫓に近いものだろうか。

mukai_haguroyama-87_0182一曲輪。ここが向羽黒山城 最頂部にあたる。二曲輪に比べ非常に狭く、巨石などが配置されているが、眺望は良い。

mukai_haguroyama-88_0177向羽黒山城跡 一曲輪 標柱。奥には巨石。城が機能していた当時もこの巨石はここにあり、盛氏らを見つめていたことだろう!

mukai_haguroyama-86_0174一曲輪からの眺望。北側を見ているので、正面に見えている小山は羽黒山、か。

mukai_haguroyama-89_0186では一曲輪から反対側の西側へ降りてみよう。巨大竪堀と、虎口を持つ複数の小曲輪で守られていた東側だったが、西側はどうか。まずは一気に急坂を降りる。

mukai_haguroyama-90_0190石段を降りきると、巨大な切岸と空堀を持つ小曲輪へ。ここは一西曲輪とも呼ばれ、斜面に埋め込まれたように見える巨石群は、石庭だったのではないかとされる場所だ。この斜面を直接登って攻撃することは不可能に近そうだ。

mukai_haguroyama-91_0194奥の方へ行くと、更に巨石がある。石庭というには少し狭い気もするが、意図を持って並べられたような気がする石群だ。

mukai_haguroyama-090a_0196s土塁の上にあがると、奥は更に低くなっており、下には大堀切と切岸が築かれていた。巨大な二重堀切だ。

mukai_haguroyama-92_0198s下へ降りて、二重堀切の二重目へ。奥はかき揚げ土塁になっているようだ。

mukai_haguroyama-93_0203土塁と切岸、そして堀切を真下から見上げる。巨大なV字!

mukai_haguroyama-94_0207土塁側から、対岸の切岸を見上げる。ここまで攻めてきた敵兵は、この巨大堀切を見て、あの向こう側に行かねばならないのかと愕然としただろう。

mukai_haguroyama-95_0213ではこのまま西側へ降りて下山する。西側には根小屋とも言われる西上段曲輪群があるので、そこを通っていこう。

mukai_haguroyama-96_0214先の車道へたどり着いた。しばらく車道を東へ進むと、斜面下へ降りる石段を発見。この下部が西上段曲輪群にあたる。

mukai_haguroyama-97_0215長い石段が続いている。一気に斜面を下っていく感じだ。

mukai_haguroyama-98_0217西上段曲輪群は根小屋跡とも言われ、斜面上に築かれた小さな段曲輪に家臣団の屋敷跡が多く並んでいたそうだ。しかし現場は未整備の一面藪状態のため、全く見えず。かろうじて通路のみが草が刈られ、通ることは出来た。その中で、左右の屋敷群を貫くように築かれていた長い石段。

mukai_haguroyama-99_0218長い石段と、左右の藪。かつては屋敷群の中心部だったのだろうか。今は森の中の石段。

mukai_haguroyama-100_0221西上段曲輪群の中はこのように石段が張り巡らされていた。

mukai_haguroyama-101-gps2aGPSロガーによる記録。中央赤ピンの「駐車場」からスタートし、伝盛氏屋敷、北曲輪を経て、三の曲輪、げんぺ沼から虎口、二の曲輪、大竪堀、一の曲輪、大堀切を経て、最後は西上段曲輪群を越えて、駐車場へ戻ってきた。約3時間半の 向羽黒山城めぐり でした。

訪問時期:2017年5月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF14mm
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