一宮城 [4/4] 城の生命線 貯水池を守る断崖絶壁の陰滝へ。

一宮城 訪問記 其の四。

[前回までの訪問記 概要]
街道沿いの登山口から登城開始。倉庫跡、すごい高さの切岸、才蔵丸、門跡、明神丸を経て、本丸へ。突如現れる巨大な石垣に驚かされる。本丸を一周し、奥へ抜け、城の西側を守る見張台と思われる小倉丸へ。其の四では更に奥を散策し、蔭滝から下山する。

訪問時期:2017年2月
一宮城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

ichinomiya_99_4753では小倉丸の下に降りてきて、更に奥を目指そう。

ichinomiya_54_4664本丸下の案内板再掲。案内図では「水手丸」が2つあり(間違い?)オレンジの線で囲まれた中にある方の水手丸が、先ほど上がった「小倉丸」となる。そこから降りてきて、右側をぐるっと回って滝へ。オレンジの線が書かれていない(=整備されていない?)「丸」「水手丸」も行けそうなら行ってみよう。

ichinomiya_100_4754小倉丸のさらに西側は、来るものを阻むように堀切や竪堀が幾つか刻まれている。

ichinomiya_101_4758シダシダで分かるづらいが、奥のシダの凹みが堀切、右側の手前が斜面に造られた竪堀、となっている、ようだ。シダの藪で殆ど見えない。

ichinomiya_102_4755空堀。シダの凹みでかろうじて分かる程度。右側の上部が先ほどの小倉丸。

ichinomiya_103_4756竪堀に至っては枯れ草と伐採した木の置き場になっていた。。。残念ながら、山城あるある。

ichinomiya_104_4759このまま下山する旧街道もあるようだが、シダと枯れ草と伐採した木々でえらいことになっていて、とても降りれそうになかった。左の「旧かみやま街道」。右へ。

ichinomiya_106_4761右へ曲がると「貯水池」、左へ向かうと「椎丸」と書いてある。貯水池は下山ルートの蔭滝の手前(上部)にある場所。椎丸は、最初の案内図に書いてあった、オレンジの道が書かれていない先にあった曲輪群か。少しだけ見に行ってみよう。左へ。

ichinomiya_107_4762おっと、いきなりのこのシダの藪。なんとなく入れそうな凹みがあるので、突入する。

ichinomiya_108_4763その先はずっとシダの森で、なんとなく道っぽいものがあるが、何処が曲輪で何処が何なのか、さっぱり分からない状態だった。引き返す。

ichinomiya_109_4764貯水地へ。右側の斜面の上が一宮城となる。左側は隣の尾根と言った感じか。この先は貯水池。

ichinomiya_110_4766貯水池跡。人工的に土塁(堤)が築かれ、この場所に城兵たちの水が貯められていた跡があったという。水は南側の谷から筧で引いたと言われているとか。筧(かけい)とは、竹や木で造った樋(とい)。確かに人工的に盛られた・削られたような凸凹が随所に見られる。巨大な溜池だったのだろう。

ichinomiya_111_4767貯水池跡の石碑もあった。

ichinomiya_112_4769貯水池 全景。左側にある大きな土塁が堤跡?本来は右側まで繋がっていたのだろうが、貯水池の必要性がなくなった後に壊したのだろう。

ichinomiya_113_4773堤跡の奥は急な崖になっていて、ここが蔭滝のようだ。上から見下ろして撮った写真ではどういう地形なのか実に分かりづらいが、岩盤を降りていく感じ。岩の上に枯れ葉が積もっていて、実によく滑って危ない。左側の岩に鎖が通してあるので、それを伝いながら足元に気をつけて降りていく。

ichinomiya_114_4774蔭滝を降りたところから見返す。右側に鎖が見える。これを伝って上から降りてきた。

ichinomiya_115_4775更に降りる。すごい崖、すごい眺めだ。

ichinomiya_116_4776まだまだ降りる。雨が降ったらここは今も滝になるのだろう。

ichinomiya_117_4778これぐらい離れたところに陰滝の説明板。この上が先の貯水池で、往時は下からはこの崖で守り、上は周囲に造られた曲輪群で守られていた。陰滝は採石場の跡とも言われているとか。

ichinomiya_118_4780陰滝 全景。こちらから登城すると、あの崖を登らないといけない。降りるほうが楽。

ichinomiya_119_4782陰滝へと通じる道。滝から流れ落ちた水が伝った跡だろうか、地面が黒く変色している。

ichinomiya_120_4783坂道を降りきった。奥に見える竹林の向こう側はもう城外。

ichinomiya_121_4784竹林の脇には小さな石積。畑化されたときのものかもしれない。このあたりは宮の奥と呼ばれる場所。一宮神社の奥に進んだ先にあるからだろうか。

ichinomiya_122_4582最後に、城の山麓に鎮座する一宮神社を参拝。その名の通り、阿波国 一宮。街道の向かい側には四国八十八箇所霊場の第十三番 大日寺があり、神仏習合の頃は一体化していたとか。

ichinomiya_123_4585一宮神社。青銅製の狛犬と赤鳥居、拝殿。

ichinomiya_124_4584一宮神社 拝殿。裏にある拝殿は寛永時代の建立で重要文化財。

ichinomiya_125_4583一宮神社 拝殿前にある、かなり古い狛犬。

ichinomiya_126_4580街道向かいにある大日寺にも訪れてみよう。

ichinomiya_127_479013番、大日寺! よく見ると毛糸の帽子が被せられている。かわいい。

ichinomiya_128_4794最後に、登城口にあった案内板に記載されていた、山麓の寄神社へ寄ってみる。ここは案内板によると古くは「御殿居」と呼ばれ、城主の居館跡があったと伝承されているという。こちらが寄神社。丸い敷地で、周囲より一段高くなっていることが分かる。

ichinomiya_129_4791寄神社(御殿居)から見る、一宮城跡。普段はこちらで生活し、有事の際はあの上へあがったのだろう。争いが絶えなかった小笠原氏〜長宗我部氏時代ではなく、秀吉の四国平定後に阿波を治めた蜂須賀氏 時代の城主・益田長行 時代の居館跡だろうか。

訪問時期:2017年2月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF14mm
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