岡城 [2/6] 西之丸から伸びる細尾根の先端部に築かれた孤高の角櫓跡。

岡城 訪問記 其の二。

[前回までの訪問記 概要]
駐車場から坂道を上り大手門跡へ。巨大な櫓門が建っていた大手門跡には石垣のみが残る。かつて巨大な御殿があった西之丸へ。

訪問時期:2017年1月
岡城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

okajo_38_3015西之丸の最上段へ。奥のスロープから上がろう。この先には西之丸御殿の玄関があったので、当時もここから上がるのがメインルートだったのだろう。

okajo_39_3016西之丸へ。かつて巨大な西之丸御殿が建っていた場所は、今は周囲の土塁や石垣を除いて、何もない広場となっている。土の下には御殿の礎石が埋まっているのだろうか。

okajo_40_3017西之丸御殿跡の石碑は、西之丸の中央あたりに建つ。

okajo_41_3018西之丸の南側にある、新屋敷門跡。ここから降りると、西之丸の南側を通って、先程の東門前に戻る。

okajo_42_3020かつて西之丸の南辺を守る多聞櫓が建っていた場所。僅かに石垣と土塁の盛り上がりが見える。

okajo_43_3021西之丸から西側に伸びる尾根の先に築かれた、物見台跡。西之丸から伸びる尾根の外周部にもしっかりと石垣が積み上げられていることが分かる。全部近くで見に降りたいけれど時間がいくらあっても足りなくなるので、遠くから見るだけで我慢。

okajo_44_3022西之丸の、西の端へ。断崖の下には、先程までいた駐車場が見える。かつてあの場所には「総役所」と呼ばれる建物があった。下から見えていた石垣は、今いる西之丸の西端石垣だったわけだ。左側奥に見える石垣は「物見台跡」。

okajo_45_3024その少し右側には、細長く伸びる尾根の先に築かれた櫓跡。角櫓跡(すみやぐらあと)。三方を崖に囲まれた、まさに突端の物見櫓。下に降りたときに少し寄ってみよう。

okajo_46_3028総役所跡と角櫓跡の全景。位置関係がよく分かる構図。

okajo_47_3031では西之丸から一段降りてみよう。北側に降りる道があるので降りる。そのまま奥へ進むと西之丸の北側に広がる家老屋敷跡へ行ってしまう(写真右奥)が、先程見た角櫓跡へ寄るので、写真左奥へ向かおう。

okajo_48_3032左側を見返す。断崖ぎりぎりに細い通路が築かれ、尾根の先端には孤高の角櫓。

okajo_49_3037西之丸を北側に降りたところ。

okajo_51_3036降りたちょうど正面あたりには井戸が残る。落ちないように木の枠で覆われている。

okajo_52_3035キレイに加工された石材で囲まれた井戸。埋もれることなく、ポッカリと穴が空いている。柵がある関係で奥の方まで見えなかった。

okajo_53_3038井戸のあたりから奥の角櫓跡を見る。

okajo_54_3039角櫓の櫓台前までやってきた。

okajo_55_3040角櫓台へ上がってみる。

okajo_56_3045角櫓跡。端っこまで行くとなかなかの高さの断崖絶壁になっていて、足がすくむ。

okajo_57_3046角櫓台の上から見た、西之丸全景。

okajo_58_3051西之丸の西側に伸びる、物見台跡方面。下は岩盤むき出しの絶壁で、上は二段ほど石垣が積み上げられている。

okajo_59_3043西之丸。かつてあの上には巨大な御殿が建っていた。

okajo_60_3053西之丸の角櫓側石垣。近づいてよく見ると、かつて隅部があったが、後に石垣が拡張され隅部が無くなってしまったことが分かる。かつてこの右側には櫓台があったのだろう。斜めの線が途中までしか無いのは、コレより上は拡張工事の際に取り崩して一体化してしまったからだろうか。

okajo_61_3054西之丸の西の端、かつて櫓台があった場所。

okajo_62_3055西之丸から東北の家老屋敷方面へと向かう。道が上と左下とに別れている。左下へ行くと、図面では近戸門跡へ直行する道になっているが、見た感じあまり整備されていなさそうなので上から行く。

okajo_50_3034かつて門があったのだろうか、あるいはここは封鎖されて通れなかったのだろうか、石垣の壁らしき跡が残る場所。

okajo_63_3056ここにも小さな井戸跡。

okajo_64_3058西之丸を東側へ抜けた。巨大な広いスペース。家老・中川民部屋敷跡。左奥の整然と積まれた石垣が見えるあたりが近戸門跡。

okajo_66_3062中川民部家老屋敷跡の前へ。礎石で一部平面復元されている。

okajo_65_3061中川民部屋敷跡 説明板。かなり細長いプレートで、ブロガー泣かせ。西之丸周辺には、中川民部屋敷の他に、中川覚左衛門屋敷、中川但見屋敷という、三つの家老屋敷が建てられたという。

okajo_67_3063中川民部屋敷跡から見た北側。巨大な石垣は、城内に三つ設けられた門のうちの一つ、近戸門跡。

okajo_68_3064家老屋敷跡という古い石碑が立っていた。

okajo_69_3065中川民部屋敷跡から北側は眺望が楽しめる。眺望の説明板。遥か遠くに阿蘇山と、志賀氏が岡城を居城とする前に本拠としていたと伝わる「騎牟礼城(きむれじょう)跡」も見えるとか。

okajo_70_3066s中川民部屋敷跡からの眺望。一面の曇り空だが、なんとか阿蘇山と騎牟礼城跡が見えた。阿蘇山の山頂部は雲の奥、か。

okajo_71_3067近戸門の方へ向かってみよう。振り返ると中川民部屋敷への門跡と、その奥に西之丸の石垣。

okajo_72_3069そして更に奥へ行くと、中川民部屋敷から近戸門へ行くための通路上にあった門跡。説明板にあった「藩主専用の御成門」とはこれのことか。

>> 岡城 [3/6] へ続く。<<

訪問時期:2017年1月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF14mm
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