佐伯城 [3/4] 二之丸から細い廊下橋で繋がった先の本丸の姿はまさに人工島。

佐伯城 訪問記 其の三。

[前回までの訪問記 概要]
山上の本丸にそびえるカービング石垣と、見事に石垣で固められ削平された北之丸を散策。其の三では二之丸から西之丸へ。

訪問時期:2017年1月
佐伯城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

saeki_72_2498北之丸から霧の晴れた本丸高石垣を見る。冬で木々も枯れていてしっかりと高石垣が見える。この直後また霧が発生し真っ白になってしまう。一瞬だけチラ見させてくれた佐伯城。

saeki_73_2500では斜面を西側へ降りてみて、水の手を目指そう。斜面には今も多くの木々が生い茂り、枯葉がガッツリ溜まって腐葉土と化している。かなり石垣も埋まっているものだろうと推測。

saeki_74_2502北之丸から斜面へ降りる小さな門の跡。古絵図を見るとここにも小さな門が描かれていた。

saeki_75_2504斜面を急角度で降りていく。所々に石垣の断片が見える。山麓の城下町や三ノ丸がある方向と反対側の斜面だが、水の手がある関係か、当時はこちら側もしっかりと石垣で固めていたようだ。

saeki_76_2509道に沿ってどんどん降りていくと、岩盤をくり抜いて造ったと思われる巨大な池が出現。その上には半分崩れてはいるが、高い石垣が張り付いている。こちらは佐伯城の水の手と言われる「雄池」。斜面の一部をくり抜き、谷からの水を貯めるような仕組みに見える。

saeki_77_2510雄池 説明板。谷に流れてくる水を貯めるだけでなく、湧水もあったようだ。オオサンショウウオも生息しているとか。雄池の説明板なのに、中身の8割はオオサンショウウオの説明という本末転倒っぷり。ちなみに少し奥には、この雄池と対になる「雌池」もあるが、訪問時はビニールシートが被せられていたため未訪問。

saeki_78_2515再び北之丸へ戻ってきた。では本丸西側を通り抜けて二ノ丸へ向かおう。

saeki_79_2516本丸外曲輪の外周石垣がよく見える構図。まさに山上の軍艦のようだ。

saeki_80_2517また霧が出てくる。北之丸から見た本丸全景。

saeki_81_2522では本丸外曲輪の西側の細い通路部分を通り抜けて、二之丸方面へと向かおう。このあたりは薄暗い。古絵図によると、当時は道の右側に黒い土塀が向こうまでずっと築かれていた。

saeki_82_2523やがて廊下橋があった場所へ。石垣の一部が切り取られ通り抜けられるようになっている。もしこの道が無ければ、二之丸から北之丸へは外曲輪の東側を通らないといけないところだった。

saeki_83_2525廊下橋の下へ。埋門というより堀切か。

saeki_84_2526橋の下。カービング石垣などの優雅な雰囲気とは一転して、ここだけはゴツゴツした無骨な野面積み。

saeki_85_2529橋の下を反対側から。城内唯一の雨宿りが出来る場所。実際にしばしここで雨を凌いだ。

saeki_86_2534廊下橋の南側は、この通り複雑な構造になっていた。二之丸(左奥上段)からは、本丸(廊下橋の先)へも行けるし、外曲輪(右下)へも行けるし、また大手道(左下)へも抜けられるという、ジャンクション状態。実際はここにも建物が築かれ、一見して何処へでもいけるような雰囲気、では無かったのかもしれない。古絵図を見ると、廊下橋の先の小さな石段の上と、左下の大手道方面への接続点にそれぞれ門が築かれていたようだ。

saeki_87_2528本丸高石垣。かなりの高さがある。

saeki_88_2530そして二之丸の石垣。こちらもなかなかに負けていない。左下に伸びる道は大手道(現 登城の道)へと繋がる。右上に見える小さな石段の上には城門があった。

saeki_89_2531外曲輪から二之丸へと上がる石畳のスロープとその先の城門跡。

saeki_90_2535廊下橋を渡ったところから見る二之丸全景。かなり雨脚が強くなっており、水たまりも出来ている。

saeki_91_2537廊下橋の出口、二之丸側にも数段の石段が築かれている。石段のちょうど上に木が生えてしまい、石段が崩れてしまった。

saeki_92_2538二之丸入口から廊下橋石垣越しに見る本丸。細い石垣の道で繋がる先には、巨大な石垣で作られた人工島の様相。この構図が佐伯城内で最もカッコいいと思う。

saeki_93_2540やや二之丸側に寄って再度撮影。少し離れすぎたか。

saeki_94_2539二之丸。左側の石垣下は大手道になっており、そちら側には土塀ではなく多聞櫓が築かれていた。そう古絵図にあるとおり、実際に多聞櫓があったことを示す石列も見られる。

saeki_95_2543反対側も土塀ではなく多聞櫓だったようだ。ある意味最も城内で堅固な造りになっている二之丸。本丸への唯一の通路である廊下橋を守る最終防衛ラインということだろう。

saeki_96_2544二之丸中央付近から本丸を見返す。二之丸がかなり細長く広い事がわかる。

saeki_97_2545二之丸の先端部は石垣造りの虎口になっており、其の奥は一段低く均された西之丸。

saeki_98_2547二之丸と西之丸を繋ぐ虎口。この上にはかつて巨大な櫓門が建っていた。櫓門の内部はまっすぐではなく石垣で何度か折り曲げられた細い通路が作られている。珍しいものではないだろうか。

saeki_99_2549真ん中を通ればまっすぐ進めてしまいそうなぐらいの微妙な折れ曲がりだが、当時はあるいは真ん中あたりに木戸などが設けられ、結局まっすぐは進めない仕組みだったのかもしれない。

saeki_100_2550そして虎口の内部は斜面となっており、地面はやはり石畳。雨の日は滑りまくる仕様だ。

saeki_101_2554二之丸櫓門。ここから見ると内部の道はかなり大きく右へ曲がっている事がわかる。両石垣をまたぐように巨大な櫓門が築かれ、門扉を越えると何と道が右へ曲がっているという驚きの仕様。何とか復元してもらいたい気もする。

saeki_102_2555では西之丸へ。西之丸と二之丸の接続点あたりは意図的にかなり細く築かれている。更に左右には土塀も気づかれており、実際はもっと細い通路だっただろう。

saeki_103_2559西之丸の中央部には、大手口から折れて上がってくる西虎口の城門があった。かつて大きな建物が、城門のちょうど正面に建っていたことを示す礎石列が見える。

saeki_104_2556西之丸の西虎口あたりから見た眺望。

saeki_105_2561西之丸 先端部。尾根の先端にあたり、こちらも眺望は良さそうだ。

saeki_106_2562西之丸の最西端には、西側尾根を見張る二重櫓が築かれていた。他の櫓同様、こちらも石畳。

saeki_107_2564西之丸二重櫓から見た西側眺望。二重櫓の上からは更に数m上からの眺望となり、城下を一望だっただろう。

saeki_108_2563そして二重櫓脇には巨大な穴。形からして戦時の高射砲跡だろう。戦時に築かれたこのような丸い穴は、九州や四国などの山城跡ではよく見られる。本土決戦に向けた防衛ライン。

其の四では下山し、城下に残る遺構を見て回ります。

>> 佐伯城 [4/4] へ続く。<<

訪問時期:2017年1月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF14mm
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