久留島陣屋 [1/2] 水軍で名を馳せた来島氏が江戸期を通じて治めた地。

久留島陣屋 (くるしまじんや) は森陣屋とも呼ばれる、大分県中部 (豊後國) に江戸初期に作られた陣屋跡。戦国時代に水軍を率いて活躍した来島氏 (来島村上氏) だったが、関ヶ原で西軍につき、戦後は海に面しない豊後森藩 14000石へ移封された。当地には前領主 毛利高政が築いた堅固な角牟礼城 (つのむれじょう) があったが、城持ちを許されず、これを廃して山麓に久留島陣屋を築いた。二代通春の頃に、来島から久留島に改名。以後 江戸期を通じて久留島氏が治め、明治維新を迎えた。現在残る建造物は二つの御門と茶屋 栖鳳楼のみだが、随所に巨大な石垣と本丸庭園が残る。

<基本データ>
●名称:久留島陣屋 / 森陣屋 (Wikipedia)
●所在:大分県玖珠郡 (地図)
●城主:来島長親
●築城:慶長六年 (1601)
●遺構:石垣、庭園跡、御門、茶屋

訪問時期:2017年1月
久留島陣屋 訪問記 − 其の一


<訪問記>

kurushima-jinya_01_2146久留島陣屋跡は、藩主御殿があった山麓東の本丸部と、山の南端部に位置する高石垣で囲まれた三島神社(末廣神社)、そして山麓西の清水御門の、主に3つのエリアに分かれる。まずは駐車場がある山麓東の本丸部を訪れてみよう。グラウンド(今いる場所)の前に低い石垣で囲まれた一段高いエリアがある。この上が藩主御殿があった本丸に相当する場所だ。

kurushima-jinya_02_2005古い『久留島陣屋跡』の標柱。

kurushima-jinya_03_2004藩主御殿のあった本丸跡へ。現在は史跡公園となり芝生が敷かれているが、山麓の庭園部がそのまま残っている模様。右奥の山頂部は角牟礼城跡。肉眼では山頂手前あたりに井戸曲輪に立っていたノボリが見えていた。

kurushima-jinya_04_2007国指定史跡 旧久留島氏庭園。陣屋跡というより武家庭園が史跡指定されているようだ。庭園としては敷地内に三つ残り、ここ「藩主御殿庭園」、茶屋の前の「栖鳳楼庭園」、西側の「清水御門前庭」があるようだ。

kurushima-jinya_05_2008旧久留島氏庭園周辺図。小さくて字が読めないが、赤丸が現在地、中央あたりの黄色い建物が現存茶屋「栖鳳楼」、そして左端にあるのが清水御門だ。角牟礼城から続く尾根の南端部に神社が築かれ、その周りを堅固な石垣で囲んでいる。御殿は山麓だが、いざという際の防衛拠点として「神社」の形で砦が築かれ、更にはそこから尾根伝いに山を登れば旧毛利氏時代の角牟礼城跡があるという仕掛けだ。

kurushima-jinya_06_2010本丸跡の山麓ぎりぎりに展開された庭園を見てみよう。池泉回遊式庭園。

kurushima-jinya_07_2011借景?の裏山も木がぼうぼうにはならず、当時のままと思われる姿を残している。同じく現存する武家庭園の一つ、戦国大名 北畠氏の居城 霧山城の山麓に残る 北畠氏館跡庭園 は、見事な庭園が残るも周囲の木々が生い茂りすぎて森のなかに居る様相になっていた。

kurushima-jinya_08_2012「喜藤次泣かせの石」。三島神社大改修のときに人夫頭の長尾喜藤次が、森の奥からこの巨石を運ぼうとしたが余りの巨石で遅々と進まず地団駄踏んで泣いて悔しがった、というエピソードが残るとか。山上の三島神社の礼拝石という言い伝えも残る。

kurushima-jinya_09_2013ここから山上の角牟礼城 (つのむれじょう) へ向かうルートもある。グルっと回って尾根上の末廣神社、そこへ続く「御長坂」を目指そう。

kurushima-jinya_10_2016庭園奥には巨石を彫り出して造ったと思われる藩主の像がある。名前も説明板も何もないが、久留島氏の家紋「折敷に縮み三文字」があることから、初代藩主 来島長親と想像した。

kurushima-jinya_11_2017背中に刻まれた、久留島家紋 折敷に縮み三文字。中央の「三」は、波を表すよう少し波打っている。波打たない元の「折敷に三文字」は伊予河野氏の家紋として有名。

kurushima-jinya_12_2019藩主屋敷庭園 全景。

kurushima-jinya_13_2020では斜面を上って、御長坂を目指そう。

kurushima-jinya_14_2023斜面の奥に長い石垣が見えてきた。美しく整備が行き届いている。

kurushima-jinya_15_2025御長坂へ。石垣で固められた、石畳の長い坂道だ。右側にも低い石垣が残る。家老などの武家屋敷跡だ。その奥にそびえる山の上が角牟礼城跡。

kurushima-jinya_16_2028御長坂。すごい迫力。当時は左右に土塀など目隠しが建っていたのだろうか? 土塀があったような跡も見られないので、当時から何も無かったのだろうか。

kurushima-jinya_17_2029御長坂と斜面の間の谷間の底に築かれた巨大な石積井戸。いや井戸というより池か。今も水を湛えている。

kurushima-jinya_18_2031では御長坂を上がって行こう。目を奥にやると、石垣造りの坂道が山上まで続き、上には石垣で外周を固められた曲輪が見える。

kurushima-jinya_19_2033半分ほど上がってきた。斜面をゆっくりと上がる感じなので高度ほどしんどさは感じない。

kurushima-jinya_20_2036坂道がカーブするところには、かつて番所のような場所があったのだろう、低い石積の土台跡が残る。

kurushima-jinya_21_2039曲がった先。よく見ると石垣の上端部が少し外に出るように築かれている。人吉城などで見られる武者返し的な作りだ。谷間から上がってくる敵兵を防ぐため、だろうか。

kurushima-jinya_22_2040振り返る。結構あがってきた。凸凹の斜面にうまくかぶさるように石垣が築かれている。

kurushima-jinya_23_2041更に石畳の坂道を登る。上に見える建物は神社関連。

kurushima-jinya_24_2042しのぎ積みの古そうな石垣の手前に少しだけ積まれた、平らにする石垣。後付で、石垣の角度も雰囲気も異なる。

kurushima-jinya_25_2043そしてその古い石垣に沿って上まで登る石段。ここをあがると神社の裏側へ出るルートになる。また神社の裏手からはそのまま尾根伝いにのぼって角牟礼城跡まで行けるようだ。

kurushima-jinya_26_2049角度の浅い石垣の隅部。スゴイ巨石が載せられている。

kurushima-jinya_27_2052坂道を登りきったところ。左側の石垣の奥に赤い建物が見える。こちらが江戸期に建てられた茶屋 栖鳳楼(せいほうろう)。見えているのは二階部分で、石垣の向こう側に一階が建てられており、石垣に乗っかる形になっている。ちゃんと一階があるので清水寺のような懸造りではない。

kurushima-jinya_28_2053では一階を見に石垣の下へ降りてみよう。

kurushima-jinya_29_2056石垣。栖鳳楼は江戸中期に築かれたため、石垣も先程まで見てきたものと異なり、角度も急で石材の加工度も高いことが見て取れる。打込ハギ方式だ。

kurushima-jinya_30_2060茶屋 栖鳳楼。一階と二階の間が少し開けられ、二階が持ち上げられているような変わった様式だ。

kurushima-jinya_31_2062栖鳳楼 説明板。江戸後期の天保二年(1821)に完成とある。ちょうど南尾根の先端部に位置することから、二階からの眺望はさぞ見ごたえがありそうだが、内部は非公開。

kurushima-jinya_32_2057栖鳳楼の正面、尾根の突端部分には巨石が配された庭園となっている。

kurushima-jinya_33_2059栖鳳楼茶庭見取図 説明板。石材の中には建てられ中央に穴があけられたものもある。

kurushima-jinya_34_2061s栖鳳楼から一段あがると、古い石鳥居の奥に末廣神社が鎮座する。

kurushima-jinya_35_2063末廣神社 境内へ。

kurushima-jinya_36_2064末廣神社 御案内。久留島氏が移封され豊後森藩が成立した際に、藩の守護神として愛媛県から勧進したという。現在の姿は八代の頃。当時は三島宮と呼ばれ、明治になって地元の妙見宮と合祀され末廣神社と改称。

kurushima-jinya_37_2068天に向かって吠える阿形の狛犬。

>> 久留島陣屋 [2/2] へ続く。<<

訪問時期:2017年1月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF14mm
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