久留島陣屋 [2/2] お城仕立ての表玄関、清水御門へ。

久留島陣屋 訪問記 其の二。

[前回までの訪問記 概要]
豊後森藩の陣屋跡へ。角牟礼城のある山の南裾をまたぐように築かれている。東の藩主御殿跡から御長坂を経て現存する茶屋 栖鳳楼、末廣神社へ。

訪問時期:2017年1月
久留島陣屋 訪問記 − 其の一


<訪問記>

kurushima-jinya_38_2065末廣神社境内の手水鉢。「日本一の手水石」とある。

kurushima-jinya_39_2066かなり巨大な岩石をくり抜いて造った手水鉢。説明板によるとこの手水鉢の中に水は1260リットル入るという。

kurushima-jinya_40_2067巨大な手水鉢なら、その手前の踏み石も巨大。二段重ねになっている。

kurushima-jinya_41_2069神社境内の奥はそのまま尾根道へと繋がり、角牟礼城跡まで続く道があった。

kurushima-jinya_42_2071神社本殿の奥に築かれた石垣。かっちりと整えられた切込み接ぎ方式だ。末廣神社は元は「三島宮」として江戸時代中期に久留島氏が築いたもの。

kurushima-jinya_43_2072様々な形に加工切断された石材がビッシリパズルのように埋め込まれ、一枚の巨大な壁を作り出している。

kurushima-jinya_44_2073隅部はまるで熊本城のような扇の勾配。

kurushima-jinya_45_2075その石垣の前にあるのは、巨大な倉庫のような建物。御神殿。この御神殿には趣向を凝らした見どころがあるという。

kurushima-jinya_46_2074鞘堂作りの御神殿。倉庫のようだが、実はこの中に精巧な内殿があるという。また、梁材のほぞ穴が同じ高さになっている場所があり、通常だとありえないように思える遊びの要素が含まれているという。1つ前の写真、手前の柱の上の方のほぞ穴を見ると、たしかに左右で同じ高さに開けられていることが見える。

kurushima-jinya_47_2076そして御神殿の屋根に取り付けられている鬼瓦(鬼板)には、久留島氏の家紋。

kurushima-jinya_48_2079末廣神社 拝殿と御神殿。この角度から見ると2つは接続しているようにも見えるが、実際は結構離れている。

kurushima-jinya_49_2080では末廣神社から西側を下りて、清水御門へ向かってみよう。末廣神社境内の外周は、神社とは思えないぐらい堅固に石垣で固められている。

kurushima-jinya_50_2081境内の外周石垣に沿って、神社の西側を目指す。

kurushima-jinya_52_2082長大な石垣の反対側へ。この長い石垣脇の道は「桜馬場」と呼ばれる。このあたりの石垣も江戸中期に組まれたのだろうか、切込み接ぎで積まれている。

kurushima-jinya_53_2084玉濃井(たまのい)。陣屋当時の井戸という。説明板によると深さは七十三尋。尋(ひろ)は古い水深の単位で、手を左右に広げた幅に相当するとか。一尋は六尺。一尋は約1.8m、七十三尋は約133m。大正時代に一度埋められたが昭和初期に地元有志によって復旧されたという。

kurushima-jinya_51_2086玉濃井から更に石段を降りる。まるで城のような石垣の張り出しがある。

kurushima-jinya_54_2088ここから先は一気に石段で山麓まで降りる。先の御長坂のような石畳の道。

kurushima-jinya_55_2089斜面に来るものを拒むように高く積み上げられた石垣。今回のルートは藩主御殿の裏からのルートなので通常は通れず、三島宮へ参拝する者は必然的にこちらの道となっただろう。

kurushima-jinya_56_2090そして一気に山麓まで降りる長い急角度の階段。右側の低い石垣に注目。

kurushima-jinya_57_2093下から見ると、まるで巻物を開いて置いたかのような、絶妙なカーブと角度を持つ、変わった石垣。

kurushima-jinya_58_2095更に下から見上げる。山の斜面の表面に瓦を載せるように石を載せて蓋をした、そんな印象を持つ石垣。石垣とは言えないか。

kurushima-jinya_59_2097そして不思議な巻物石垣の下には、現存御門の一つ、清水御門がある。この門をくぐって降りると正面へ出るが、向かって右奥にもう1つの現存御門があるので、門を越えずに右へ行ってみよう。

kurushima-jinya_60_2099清水御門の内側を右へ。低い石垣で区切られたスペース。

kurushima-jinya_61_2103一段あがると、横に長い削平地へ。清水茶屋跡、と看板が立っていた。眼下、清水御門前の庭園を見ながら茶を楽しむ場所、だったのだろうか。

kurushima-jinya_62_2108清水茶屋の斜面側の石垣。神社の切込み接ぎの石垣よりも古そうな様相だが、清水御門は神社と同時期に整備されたと記録されている。

kurushima-jinya_63_2104清水茶屋から清水御門を見下ろす。やはりかなり古そうな石垣だ。江戸初期に、現在のような立派な清水御門や庭園はなかったものの、陣屋の西側も石垣で固めていたのかもしれない。

kurushima-jinya_64_2106清水茶屋から清水御門越しに庭園側を見下ろす。お堀が見える。実際の庭園部は茶屋の真下なので、この角度からは見えない。

kurushima-jinya_65_2109s清水茶屋を奥へ進むと、ぽつんと古い四脚門が建つ。丸木御門。

kurushima-jinya_66_2112丸木御門。茶屋の横にポツンと立っている印象だが、本来は門の右側には茶屋が並んでおり清水御門側へ直接抜けることはできなかったのでなかろうか。やや見づらいが、門の奥に斜面上へ続く石畳の道がある。そちらへ進むのが本来のルートだろう。

kurushima-jinya_67_2115丸木御門の一段下、石垣と石垣の間の細い道を通って清水御門側へ抜けてみよう。

kurushima-jinya_68_2117清水茶屋の下の石垣。横矢掛けのように折れ曲げられた石垣。城じゃないか。

kurushima-jinya_69_2119かなり急角度の石垣が築かれている。この上は清水茶屋。そして石垣の下は清水御門庭園。ちなみに近所の人は御門前の広場を駐車場に使っていた。ひどい。

kurushima-jinya_70_2123清水御門の下に展開された庭園。これはすごい。

kurushima-jinya_71_2126清水御門を下から。左の石垣の下あたりに見える穴は玉水と呼ばれる湧水。

kurushima-jinya_72_2137清水御門の真下へ。立派な常夜灯が建つ。

kurushima-jinya_73_2134清水御門 正面。当時は左右の木々も少ないか生えておらず、門の奥に長大な石段が続いているのがよく見えたことだろう。

kurushima-jinya_74_2127清水御門 説明板。お城仕立ての境内の表玄関、とある。

kurushima-jinya_75_2136清水御門前には、かなり古くて巨大な常夜灯がそびえている。自然石で作られたこの常夜灯は日本一の大きさとも言われるそうだ。説明板を見てみよう。

kurushima-jinya_76_2135清水御門常夜灯 説明板。笠石(上に乗っている石)は六畳敷、竿石の常夜灯の文字の中には米が一俵分も入るとか。

kurushima-jinya_77_2138清水御門全景。ここだけ見るとまさにお城。山上に角牟礼城がありながら城持ちを許されなかった、そんな久留島氏の城への強い想いを垣間見た陣屋だった。

訪問時期:2017年1月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF14mm
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