角牟礼城 [3/3] 本丸北側外周に残る石垣は帯曲輪へ降りて見よう。

角牟礼城(つのむれじょう)訪問記 其の三。

[前回までの訪問記 概要]
三ノ丸駐車場より長い石垣の道を通って井戸曲輪、二ノ丸へ。二ノ丸の奥にはかつて巨大な櫓門がそびえていたという伝 大手門跡があった。櫓門の礎石も確認。其の三では大手門奥の斜面部に残るかつての食い違い虎口跡へ。

訪問時期:2017年1月
角牟礼城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

tsunomure_59_1916伝 大手門の奥、斜面側には、山麓まで通じていたであろう登城路からの食い違い虎口跡が残る。右奥の斜面からまっすぐ二ノ丸(左奥)へ入れないよう、石垣で壁と迷路を作り、ぐるっと回り込ませる仕組みになっている。今は石垣と斜面だけだが、かつてはこの中に城門や城壁などが築かれ、更に堅固な様相をしていた。

tsunomure_60_1918少し斜面側に降りてみよう。櫓門のあった桝形の真下には、巨石をうまく使った石垣の壁が美しく残る。斜面には多くの木々が生えていただろうが、伐採整備され、よく見える状態になっていた。

tsunomure_61_1926二ノ丸側石垣の一番おくには、かつて櫓門の一部(土台)だった場所と思われる三四段高い場所も。

tsunomure_62_1920櫓台の下あたりから食い違い虎口を見返す。木や草は伐採されているが、土に埋もれたのか、すごい斜面になっている。かつては虎口内はこんなに斜面ではなかったと思うが、そうなるとここを掘ればもっと石垣や石段などが現れるに違いない。続日本100名城にもなったので、ぜひ整備が進められることを期待しよう。

tsunomure_63_1923更に斜面を降りて、下側から虎口と周囲の石垣を見る。左側の石垣もしっかり建てられているようだ。ちなみに1月訪問時で枯れ草状態だから降りれたのかもしれない。夏場に来ればここは緑の海?

tsunomure_64_1927石段跡か、はたまた崩れいた石垣の残骸か、枯れ草の下にはかなりの石が埋まっていそうな様相。

tsunomure_66_1933大手門と桝形、食い違い虎口 全景。

tsunomure_67_1935では伝大手門を越えて、山頂に残る本丸方面を目指す。少し緩やかな場所。土塁らしき土の盛り上がりなども見受けられるが、薄くなってしまっている。

tsunomure_68_1936不動明王の石仏。ちょこんと祀られている。

tsunomure_69_1937奥の切岸の上が本丸跡。そこまでの間に何段かの段曲輪が築かれているようだ。

tsunomure_70_1938本丸へと続く段曲輪の巨大切岸。無理やりここから登るのは不可能に近い角度。

tsunomure_71_1939帯曲輪の一つを奥へ向かってみる。

tsunomure_72_1941角牟礼神社。由来等の記載はなかったが、城があった頃の守護神か、あるいは廃城後の久留島陣屋時代に作られたか。旅の安全を祈願していく。

tsunomure_73_1942では斜面をあがって、本丸を目指そう。段曲輪を縦断するようにまっすぐ本丸へ続く道が作られている。当時は流石に一本道で上がることはなかったと思う。左右を見ると、段曲輪の外周には土塁がぐるっと築かれていた跡も見られた。

tsunomure_74_1946やがて山頂部が見えてきた。あの上が本丸跡。

tsunomure_75_1947本丸虎口跡、だが、分かりづらい。発掘調査から、虎口があった形跡が出てきたという。目を凝らせば、左右に土塁がありその間に石段が築かれ門が建っていた当時の姿が想像出来る、かも知れない。

tsunomure_76_1949本丸へ。中央部には城跡の標柱や説明板などがある。周囲には土塁、北側には石垣、石垣上には櫓跡が検出されているという。先程通ってきたところが「南側の階段状の虎口」跡。発掘整備して見られるようにして頂きたかった。

tsunomure_77_1951本丸外周の土塁跡。経年でかなり薄くなってしまっている。

tsunomure_78_1952石垣の上で発掘されたという櫓跡。このあたりか。この下には石垣が残るが、上からは降りられないので、後ほど別のところから降りて横移動して石垣を見に行く。

tsunomure_79_1953本丸から北側の眺望。豊前の山々。登り石塁で有名な長岩城や、黒田長政に謀殺された宇都宮氏の居城・難攻不落の城井ノ上城(きいのこじょう)などがある。

tsunomure_80_1954少し下を覗いてみると、石垣があるのか無いのか草で見えないので分からないが、急角度になっているようだ。下に降りたら枯れ草の合間から石垣が見えるかもしれない。

tsunomure_81_1955降りられそうな場所を探す。かつての裏門跡だろうか、やや凹んだ場所を発見。ここから一段下へ降りられる。

tsunomure_82_1957本丸一段下へ。枯れ草をかき分け先程の櫓跡の下辺りを目指す。石垣が見えてきた。

tsunomure_83_1958本丸北側に残る、石垣跡。上部は完全に草で覆われているので上からは見えない。夏場は草が伸びて厳しいかもしれない。

tsunomure_84_1962そのまま本丸一段下の帯曲輪を進む。やがて広い場所へ。

tsunomure_85_1963かなり整備が行われているようで、帯曲輪には伐採した木々を丸太に加工したものが多く置かれていた。続日本100名城になり、訪問者が増えることが期待されるので、解説板の設置や登城路の整備などが進むことを期待しよう。

tsunomure_86_1966最後に、本丸東側に展望台があるようなので下山前に寄ってみた。オオ!すばらしい眺め! と書いてある。

tsunomure_87_1967展望台からの眺め。方角は南東にあたり、山麓には毛利高政の後に当地に入部して築いた久留島陣屋がある。

訪問時期:2017年1月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF14mm
– – – – – – – –
ブログ人気投票参加中. いつも投票アリガトウ(^-^)

投票するのも、順位を見るのも、上↑のアイコンを押してね!
ページの一番上に戻る

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中