妻木城 [1/3] 土岐氏の一族が築いた、多量の巨石を巧みに利用した山城。

妻木城 (つまぎじょう) は岐阜県土岐市の標高409mの山頂に築かれていた中世山城で、北山麓には江戸時代の屋敷群跡が大規模に残る。山城は室町初期に美濃守護として一帯を治めていた土岐一族の土岐頼重が築城し、妻木氏を名乗ったと伝わる。妻木氏は明智一族のため本能寺の変後は苦境に立たされるも、付近を治めた秀吉方の森氏、関ヶ原では東軍に付き、家名と所領を存続させた。城内は大量の巨石が巧みに利用され、主郭には整然と積まれた石垣も残る。

<基本データ>
●名称:妻木城 (Wikipedia)
●所在:岐阜県土岐市 (地図)
●城主:土岐頼重 / 妻木頼照
●築城:文和期 (1352〜1356)
●遺構:石垣、土塁、堀切、虎口、屋敷跡

訪問時期:2016年11月
妻木城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

tsumagi_9464妻木城跡には北山麓の武家屋敷跡から歩いて登城するルートと、南側の池沿いまで車道で上がるルートとがある。今回は南の池まで車で上って散策開始。池そばにある案内板。

tsumagi_9465駐車場から案内板に沿って奥へ。

tsumagi_9467削平地だが車道も通じていることから曲輪跡ではなく何かの造成地だろうか。

tsumagi_9468妻木城跡へはここから山林の中へ入る。

tsumagi_9469しばらくは緩やかな登りの城道が続く。

tsumagi_9470そして突如現れる、異様な量の巨石群。多量の岩石からなる岩山で、それを切り出したり運んだりして巨石石垣を持つ堅固な山城を築き上げたのだろう。

tsumagi_9473多くは崩れ埋もれているが、かなりの巨石が積み上げられている事がわかる。

tsumagi_9474まずは西側に残る大堀切と太鼓櫓跡を目指そう。

tsumagi_9475右奥に伸びるのが堀切跡。堀切には巨石がこれまた大量に置かれている。

tsumagi_9476堀切と くさび跡のある花崗岩 説明板。割って取り除こうとした跡が残る巨石があるという。写真でいう左奥に少し写っている巨石がそう。堀切を進んでいこう。

tsumagi_9481この目の前の巨石が、くさび跡のある巨岩。

tsumagi_9479くさび跡の残る巨岩。十字にくさびを打ち込み割ろうとしたが、巨岩過ぎてまったく割れなかったのだろう。

tsumagi_9484堀切を隔てて奥の切岸の上が、太鼓櫓跡。この切岸をそのまま上がるのは無理なので、堀切に沿ってぐるっと太鼓櫓の左側に沿って回り込んでいくと、登り道がある。

tsumagi_9487太鼓櫓の上へ。土塁か物見櫓台か、人工的な土の盛り上がりが残る。

tsumagi_9490伝太鼓櫓跡。

tsumagi_9491太鼓櫓跡から降りる。長大な土塁。向こう側は先程登ってきた巨石の転がる場所あたり。

tsumagi_9492土塁の内側には井戸跡も残る。説明板には「水量は多くないが年中絶えることはない」とあるも、見たところ完全に枯葉で埋もれてしまっている。

tsumagi_9493土塁の端から下側にも降りられる。今回は降りず、このまま奥の三ノ丸方面に向かってみよう。

tsumagi_9494高台の曲輪に囲まれた堀底道のような通路を通って奥へ。

tsumagi_9495ところどころ石積のような跡も見られる。

tsumagi_9496右側の高台の上は「伝 蔵跡」。

tsumagi_9498そして左側が谷のようになり、伝 御釜屋 とある。

tsumagi_9499道は、右上と正面とに分かれる。正面にそのまま進めば北山麓の武家屋敷跡へと通じるようだ。主郭方面は右上へ。

tsumagi_9500巨石で折れ曲がりを作った道を通って上へ。

tsumagi_9501キレイに削平された尾根の先端部へ。三の曲輪。

tsumagi_9502三の曲輪は尾根の北先端部にあたり、木々も伐採されていて非常に見晴らしが良い。

tsumagi_9504三の曲輪から見た眺望。右奥に見える雪をかぶった山は御嶽山。

tsumagi_9506三の曲輪 全景。この上は二の曲輪・一の曲輪になる。

tsumagi_9507端っこの方にひっそりと建てられた「三の曲輪」看板。

tsumagi_9511巨石の間には石段跡も残る。ぐるっと回り込んで上へ。

tsumagi_9512一の曲輪は神社になっている。石鳥居が見えてきた。

tsumagi_9513かつての城門跡か。資料によると桝形っぽい構造が残るという。

tsumagi_9516二の曲輪 入口。枯葉が結構積もっているが、たしかに凹んでおり、低いながらも桝形虎口っぽい構造があったのではと見て取れる。城主の妻木氏が金山城主 森氏に臣従した後に織豊系技術を持って改修されたものだろうか。

tsumagi_9517二の曲輪 枡形虎口部を上から。美しく整備すると金山城の枡形虎口のようになるかもしれないなあ。

tsumagi_9518二の曲輪に建つ「妻木城跡」説明板。薄くなってはいるが本文は読み取れる。池のところにあった案内板では二の曲輪・一の曲輪と書かれていたが、この説明板では両方あわせて主郭と表現されている。

tsumagi_9519縄張図が掲載されているが、ここだけ印刷がかなり薄くなってしまっており、読み取れない。

tsumagi_9520では奥へ進もう。一の曲輪とされる立派な石垣が見える!

>> 妻木城 [2/3] へ続く。<<

訪問時期:2016年11月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF14mm
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