久々利城 [1/2] 土塁で構成された枡形虎口を持つ中世山城。

久々利城 (くくりじょう) は美濃国南東部に位置する丘陵上に築かれた中世山城で、三代美濃国守護・土岐頼康の弟・土岐康貞、通称 土岐三河守悪五郎 または土岐久々利五郎 の築城と言われる。戦国時代になり、織田家臣で美濃金山城主 森長可に攻められ落城した。山麓から山頂に向けて多段に築かれた曲輪の間を巨大な土塁や堀切で効果的に構えた、典型的な中世山城の姿を今に残る。近年 整備が進められ、土塁や切岸、桝形などの当時の姿を見ることが出来るようになっている。城跡の南麓にある郷土歴史館は、江戸期に当地を治めた千村氏の陣屋跡である。

<基本データ>
●名称:久々利城 (Wikipedia)
●所在:岐阜県可児市 (地図)
●城主:土岐康貞 (土岐久々利氏)
●築城:14世紀頃か
●遺構:土塁、堀切、切岸、井戸

訪問時期:2016年11月
久々利城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

kukurijo-01_9312久々利城 登城口。可児市郷土歴史館の正面に当たる。登り口の脇には石碑やら説明板やらが設置されている。

kukurijo-02_9310久々利城址碑。非常に読みづらい位置に説明板が建っている。

kukurijo-03_9315久々利城 説明板。印字も薄れてしまって、非常に読みづらい。歴史の概要と縄張図が描かれている。

kukurijo-04_9316久々利城 縄張図。古い図なのか、非常にアッサリしている。

kukurijo-05_9457もう1つの新しい説明板、久々利城跡 総合案内。城主は土岐久々利氏。一時は烏峰城 (後の美濃金山城) の斎藤妙春を討ち東濃地域を支配するも、後に美濃金山城主となった織田家臣 森長可に討たれる。諸行無常。

kukurijo-06_9458こちらの縄張図はカラーで細かく描写されており、非常にわかりやすい。山頂から段々に曲輪を一直線に配している。なお「現在の位置」の左上にある方形区画の場所は、当時の屋敷跡とも言われるがまったく整備されておらず立ち入り出来る状態に無かった。書籍によれば後世の畑跡かも知れないとのこと。

kukurijo-07_9314もう1つの新しめの久々利城 石碑。明智長山城にあった水色桔梗紋の石碑と同じシリーズか。

kukurijo-08_9317では登城開始。階段は後世のものか。

kukurijo-09_9320整備が行き届く久々利城跡。のぼりも真新しい。

kukurijo-10_9318手書き看板も嬉しい。足軽目線で駆け登れ! お城は、上がる時は攻め手、下りる時は守り手の視点で遺構を見るスタイルがよく語られる。

kukurijo-11_9319右へ左へ折れ曲がりながら石段が続く。

kukurijo-12_9322土塁状の土の盛り上がりもあり。

kukurijo-13_9323桝形のある曲輪まで、あと少し。

kukurijo-14_9324曲輪へ到着。かつての大手口があった曲輪とされ、土ベースの巨大な枡形虎口や大手口(藪に埋もれて見えず)もあった場所という。大手曲輪と勝手に命名。

kukurijo-15_9327ここの特徴は、巨大な土塁がいくつも前方に作られ、まるで迷路のような様になっているところ。今は土しか残っていないが、当時は柵や土塀などと組み合わされて、攻めてきた敵兵は、一体どこから入れば城内へ続くのかよく分からない仕掛けになっていたのだろうか?

kukurijo-16_9328ただし土塁とその間の道が明瞭に見えるのは最初の2つだけで、同じような構造が並行して幾つか作られているが、3つ目以降はこんな感じ。

kukurijo-17_9331土塁群の裏側、三ノ丸の直下の横堀。

kukurijo-18_9332では最初の土塁群の間の道を通って奥へ向かおう。この先は枡形虎口となっており、この土塁は桝形の入口の両脇を固める城壁だ。かつてはこの間に堅固な門が構えられていたことだろう。

kukurijo-19_9333土塁を越えて桝形内部へ。どこがどう桝形虎口なのかは、説明板を見てイメージしてから少し離れて全体像を見るのが良い。

kukurijo-20_9336枡形虎口 説明板と、パンフレットが入っているポスト。

kukurijo-21_9337枡形虎口 説明板。非常にわかりやすい説明文と、これまた分かりやすい図が描いてある。これは良い説明板!

kukurijo-22_9338桝形の出口。右側の土塁が迫っていて、さらに正面にも土塁があり、桝形を出た跡も右へ左へ曲げられる構造。桝形の中に居ると桝形っぽさが分かりづらかったので、外側から桝形全景を見てみよう。

kukurijo-23_9342桝形正面の土塁あたりから、桝形全景を見る。左奥から入って、右手前へ抜ける。土塁に囲まれた四角い空間がよく見える。

kukurijo-24_9344桝形を出たあたりにある、古井戸跡。巨石で囲まれている。竹の蓋を少し開けて中を覗いてみよう。

kukurijo-25_9345古井戸の中。整然とした石積。蓋は開けたら閉めましょう。

kukurijo-26_9349井戸の奥あたりから、枡形虎口方面を見る。桝形を出た後は細い通路となり、攻め手は勢いをつけられない。

kukurijo-27_9350更に土塁で複雑に右へ左へ曲がらされる仕組み。竹柵が復元されていて、当時はこのような感じで土塁の上に柵が設けられ、見通しも悪く、非常に攻めづらい場所だったことだろう!

kukurijo-28_9352桝形正面の土塁上から、桝形方面を見る。桝形の細い門から入ってきた敵は、ここから狙い撃ち放題。

kukurijo-29_9356更に引いて、桝形からの先の複雑な通路全景。侵入した敵兵は4回ぐらい曲げられる羽目に。

kukurijo-30_9361一段あがって、三ノ丸へ。かなり広く削平されている。そして木々や草もキレイに伐採されている。

kukurijo-31_9365三ノ丸の上段は、二ノ丸。急角度の切岸がよく分かる。

kukurijo-32_9368三ノ丸全景。右の切岸の上が二ノ丸、三ノ丸手前から左奥へ降りる道が、先程の桝形虎口の曲輪への道。

kukurijo-33_9366三ノ丸から二ノ丸へ向かおう。外側をぐるっと回り込むように奥へ。

>> 久々利城 [2/2] へ続く。<<

訪問時期:2016年11月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF14mm
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