長岩城 [1/5] 長大な石塁を大量に備える地方豪族の中世山城。

長岩城は豊前国 (大分県) の山中に築かれた巨大な山城。古くから当地を支配していた宇都宮氏の一族 野仲氏の居城で、地方豪族の築いた中世山城としては九州最大級を誇る。野中氏 二十二代 390年続いた長岩城だったが、戦国末期の天正18年、秀吉配下の黒田官兵衛の攻撃により落城し、廃城となったと伝わる。長岩城 最大の特徴は、斜面や曲輪内など城内至るところに長大な石塁を築き防御を固めている点で、多数の石塁が経年の風雪で崩れつつも、未だ健在している。岩肌が露出する断崖絶壁の尾根 先端部に、石積櫓跡と弓型砲座跡が残る。

<基本データ>
●名称:長岩城 (Wikipedia)
●所在:大分県中津市 (地図)
●城主:野仲氏
●築城:建久九年 (1198) ?
●遺構:石塁、土塁、堀切、竪堀、石積櫓 等

訪問時期:2017年1月
長岩城 訪問記 − 其の一

★お城ブログ コラボ企画 第一段★
長岩城には「こにるのお城訪問記」の「こにる」さんと一緒に行ってきました。
こにるさん執筆の長岩城訪問記は コチラ。(2017.1.28掲載)
→ 丁寧な口調で読みやすい訪城記です。一緒に巡っても注目ポイントが違ったり表現や感じ方が違ったりと、読み比べるのもとても面白いです。こにるさんの記事もぜひ読んでみてください。


<訪問記>

nagaiwajo-01_3541長岩城 駐車場。ここに車を停めて、いざ登城開始。奥に見える山頂が恐らく長岩城主郭跡。

nagaiwajo-02_3539長岩城ノボリ越しに見る登城口と長岩城跡。

nagaiwajo-03_3542駐車場に設置されている、長岩城跡の図。簡易なマップだが、主要な遺構がモデル化されて記載されている。城内へ入り谷筋に沿って登っていき、途中で右に曲がれば主郭(本丸)方面、左へ曲がれば陣屋跡を越えて尾根の上にそびえるという石積櫓・弓型砲座 方面へ。

nagaiwajo-04_3537同じく駐車場に設置されている長文の「おねがい」。充分な時間と余裕を持って。危ないと思ったら行かない。杖は借りたら返そう。柵を開けたら閉めること。急いでも半日はかかる、とあるので、実際にどれぐらい時間がかかるか測ってみよう。現在 11:30。

nagaiwajo-05_3544では駐車場を越えて、登城口へ向かう。川を渡る前にある屋根のある場所には、訪城者ノートと杖が置かれている。

nagaiwajo-06_3549登り口にある長岩城址案内板。こちらも先程と同じモデル化された図面だが、やや細かい印象。陣屋から馬場へ向かうラインが少しずれている気がしたが、それ以外はほぼ実物どおりだったイメージ。

nagaiwajo-07_3550では登城開始。もう右上に石積が見えている。

nagaiwajo-08_3552獣よけの柵を越えて中へ。右側の石積は、この時点では遺構かどうか分からなかったが、中に入るとこんな感じの石積がずーっと上まで続くので、当時の遺構だろうと確信。

nagaiwajo-09_3553中へ入ると、やや下部に「一ノ城戸」を示す案内板が。当時は先程の登城口ではなく、この一ノ城戸の下辺りから入るルートだったのだろう。

nagaiwajo-10_3555少し降りると、円形に積み上げられた石積と、其の右奥には虎口らしき食い違い部がある場所へ。食い違い部が「一ノ城戸」か。

nagaiwajo-11_3558石積自体はかなり低い、気がするが、かなり枯れ葉で埋まってしまっているのだろうか。あるいは石積の上に木板や柵などを設置していたのでこの高さでよかった?

nagaiwajo-12_3560一ノ城戸 虎口部。門の礎石かもしれない平らな巨石が、ちょうどいい場所に埋まっている。

nagaiwajo-13_3562一ノ城戸 外側から中を見上げる。中がカンタンに見えないようにか、外側に少し飛び出た石積があった。

nagaiwajo-14_3565では一ノ城戸から斜面を上がって、まずは主郭 (本丸) 方面を目指そう。

nagaiwajo-15_3569道の右側は先程見たような1−2mの高さの石積がずーっと続く。その上は削平地になっており、段々に築かれている。

nagaiwajo-16_3570段々曲輪のひとつに上がってみる。きちんとした石段と入口がある。

nagaiwajo-17_3573段々曲輪の段差部分もガッチリ石積で固められている。

nagaiwajo-20_3577数え切れないぐらいの段差の曲輪がずっと右側に築かれている。

nagaiwajo-21_3578斜面の角度が急な場所では、段々曲輪の面積が狭くなり、そして石積も高くなる(奥の石積、5mぐらいありそう)。

nagaiwajo-22_3580段々曲輪がわかりやすい角度で。

nagaiwajo-23_3581やがて斜面がかなり急峻になり、段々曲輪は終了する。かつて石積だったのだろうか、程よい大きさの石が散乱している。

nagaiwajo-24_3582三日月塹壕の看板。(なぜか三ヶ月塹壕と書かれているが、登り口にあった案内板のとおり「三日月」が正しい)。しかし看板の周囲を見渡しても、どこがその三日月塹壕なのか、非常に分かりづらかった。塹壕とは空堀のことなので、空堀あるいは竪堀があるはずなのだが。

nagaiwajo-25_3584かなり薄い、竪堀 風の凹み。これが三日月塹壕の先端部?

nagaiwajo-26_3585三日月塹壕を探して看板の上部へ上がってみると、削平地へ。左側は斜面なので、先程まで続いていた段々曲輪の最上部だろう。

nagaiwajo-27_3586見下ろしてみると、段々に曲輪が続いているのがよく分かる。三日月塹壕は諦めた。

nagaiwajo-28_3587奥へ進むと、斜面に沿って築かれた「登り石塁」が見えてきた。

nagaiwajo-29_3591「二之城戸」。右側は斜面に沿って築かれた石塁、正面は谷筋、訪問時は雨あがりということもあり結構な水量の川になっていた。巨石がかなり散乱している。廃城後あまたの大雨を経て、山上から落ちてきたのだろうか。

nagaiwajo-30_3592二之城戸 石塁。斜面の急なところまでビッシリと石積が築かれている。城戸跡以外からは奥へ行けそうもない。

nagaiwajo-31_3593二之城戸を越える。谷筋(川)の向こうにも長い石積が見える。川は普段は水が少ないようだが、訪問時は前日大雨だったこともあり、結構な水量が流れていた。散乱している巨石は濡れた苔で滑りやすいので、気をつけて渡ろう。

<< 長岩城 [2/5] へ続く。>>

訪問時期:2017年1月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF14mm
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