森寺城 [2/2] 大きめの自然石を積み上げた二ノ丸大手口の石垣。

森寺城 訪問記 其の二。

[前回までの訪問記 概要]
街道に沿って遺構が点在する森寺城。駐車場から本丸逆方向にある搦手門跡を見て、サイダ屋敷、踏段堂などを散策。其の二ではいよいよ本丸へ向かう。

訪問時期:2016年10月
森寺城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

moridera_41-40_7830野崎屋敷 曲輪へと向かう。

moridera_02-01_7732駐車場にあった縄張図を再掲。現在は左上(南西端)にある「野崎屋敷」へ向かう道の分岐点(野崎屋敷の下の緑の線が分岐しているところ)に居る。野崎屋敷を見た後はいよいよ城中央部の本丸へ向かう。

moridera_42-41_7831野崎屋敷跡は街道からやや離れた小山の上にある。

moridera_48-47_7842切岸に沿って階段が設けられている。ここから上がる。

moridera_43-42_7835野崎屋敷跡。建物跡などの明確な遺構は地表上には残らないが、井戸や土塁などが残る。

moridera_44-43_7836野崎屋敷 説明板。南側(越中側)に対し大堀切や畝状竪堀など堅固な備えを築いている。

moridera_45-44_7837野崎屋敷 井戸跡。草に覆われているがしっかりとした石積み井戸。囲いも何も無いのでフラフラ歩いて落ちてしまわないよう要注意。

moridera_46-45_7840野崎屋敷 南端の土塁。この真下が大堀切になる。

moridera_47-46_7841土塁から大堀切を見下ろす。木が生えているのでわかりづらいが、かなりの高低差になっている。

moridera_49-48_7844では本丸へ向かおう。「本町」過ぎから右折して本丸方面へ。かつての大手道とされる場所はかなり広く削平されていた。

moridera_50-49_7849本丸・二ノ丸は奥の切岸の上。ここはその一段下の曲輪となる。発掘調査の結果、この地下から石畳の大手道跡が出てきたという。

moridera_51-50_7852曲輪を奥まで進むと、奥の土塁に沿って道が築かれている。周りに散乱している石はかつてこの道を固めていた石垣石だろう。

moridera_52-52_7855二ノ丸へ通じる大手道。道の右側にかつての石垣跡が僅かだが残る。

moridera_53-53_7856大手門跡、と書かれた朽ちた説明板。

moridera_54-51_7853スロープに沿って上へ。右側に結構な巨石を積み上げた石垣が見えてきた。石垣の上、土塁になっている部分は櫓跡という。

moridera_55-54_7858大手道石垣。自然石をそのまま積み上げたもの。

moridera_56-55_7859大手道を上がる。今までの複雑な地形からは想像できなかった巨大な削平地に驚かされる。こちらが二ノ丸、二ノ丸の一角が本丸とされている。

moridera_57-56_7861二ノ丸の端っこに石積みが残る場所がある。この内部が本丸跡と呼ばれる。

moridera_58-57_7862本丸・二ノ丸 説明板。紫の線は石垣を持つ土塁跡、ピンクの線は空堀跡で、現在は埋まっているが発掘調査で空掘があったことが確認されている。大手道から二ノ丸へ入るとすぐ左側は空堀で通れないようになっており、本丸へ向かうにはぐるっと回り込まされる形になっている。ここはただ屋敷が建っていた場所ではなく、攻め込まれた際に防衛できるよう考えて構築された防御施設だったようだ。

moridera_59-58_7864本丸外周の石垣。なかなかの分厚さを持つ土塁の外側が石垣になっている。石が結構崩れている(破城で崩されている?)ので、実際はもう1段あったのかもしれない。

moridera_60-60_7866二ノ丸の一角を四角く囲う形で築かれた本丸。先程の大手道のあった曲輪からこの場所は真上に見えるので、何か象徴的な建物があったのかもしれない。

moridera_61-59_7865土塁の上から見下ろす本丸跡。

moridera_62-61_7869本丸石垣。奥の方はかなり崩れている。河原から取ってきた石をそのまま積み上げました、という印象。

moridera_63-62_7870二ノ丸へ。中央部には特徴的な巨大井戸跡があるという。高い木の下。

moridera_64-63_7873こちらが巨大井戸。写真だと巨大さが伝わりにくいが、井戸というよりすり鉢状の水溜場という感じ。幅5mはある。

moridera_65-64_7874森寺城跡 説明板。室町中期に能登守護 畠山義統が築いたとも伝わる。能登・越中間の街道の一つを取り込み、石垣も持つ、氷見随一の中世山城。

moridera_66-65_7875森寺城跡は公園として整備されている。公園の地図。二ノ丸は芝生広場となっている。サイダ屋敷は「斉田屋敷」と書かれている。

moridera_67-66_7879二ノ丸外周の切岸。かなりの角度、かなりの高さ。無理やり登ってくるのは難しい。

moridera_68-67_7880二ノ丸・本丸 全景。

moridera_69-68_7881二ノ丸には北側にももう1つの出入り口がある。こちらも少しだけ石垣が残る。

moridera_70-69_7882二ノ丸 北口の石垣跡。大手口側に比べて石が小さい。

moridera_71-70_7884二ノ丸北口の石垣跡。こちらも川原石そのままという印象。

moridera_72-71_7886石垣の中に石垣という看板。もともとは看板だったのだが朽ちて崩れたのでこうなったか。いろいろ整備が期待される。

moridera_73-72_7887二ノ丸北口の石垣、全景。

moridera_74-73_7890二ノ丸 北虎口を下から。折れ曲がった細い道という印象。

街道を取り込み高い切岸に囲まれた独立曲輪を多数築いた森寺城。織田方になって佐々成政が築いたとされる石垣もかなり初期段階のものだが当時の勇壮な大手門の姿が想像できる。支城の一つではあるものの、北陸方面の山城めぐりでは外せない一城だろう。

訪問時期:2016年10月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF14mm
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