七尾城 [5/5] 東の展望台からは七尾城本丸跡と市街地が一望。

七尾城 訪問記 其の五。

[前回までの訪問記 概要]
安寧寺跡から大手道へ合流し、番所跡から調度丸北虎口へ向かう。急な石段を登りながら、まるで安土城な総石垣の調度丸北虎口を見る。続いて長屋敷、展望台から本丸を遠景で見た後、城下の散策へ。

訪問時期:2016年10月
七尾城 訪問記 −


<訪問記>

nanaojo_121-7639s総石垣だった調度丸から一転、続いて本丸の東隣(堀切の奥)にあったとされる重臣 長氏の屋敷跡へ。最初に来た山頂駐車場から目の前の堀切へと入る。右側の斜面上が本丸、左側の上が長屋敷。

nanaojo_122-7641堀切をしばらく進むと、長屋敷へと上がる斜面の道が出てくる。正面の木の右側がそう。

nanaojo_123-7642斜面をあがって長屋敷 一段目の曲輪へ。整備は特にされていないが、あまり草は無い。

nanaojo_124-7643長屋敷 一段目の曲輪は低い土塁で分断されている。上へあがってみる。

nanaojo_125-7644長屋敷 一段目の曲輪 上段部。シダがすごい。奥はとてつもない高土塁。

nanaojo_126-7647s一段目の曲輪から二段目の曲輪へは長い通路を通る。右側は石垣で固められている。

nanaojo_127-7649草に覆われているが、他の曲輪同様、外周部がすっかり石垣で固められていたようだ。

nanaojo_128-7650s二段目は遠い。道も段々わからなくなり、シダ模様になってきた。

nanaojo_129-7678こちらが長屋敷 二段目の曲輪の入口にあたる虎口部。わずかながらに石積み跡が草の合間から見える。

nanaojo_130-7661長屋敷 二段目の曲輪。シダ祭り。奥にはこれまたすごい角度・高さの切岸。

nanaojo_131-7663長屋敷 二段目の曲輪の外側に築かれた土塁の上にあがってみる。ここもかつては石垣づくりだったのだろうか、わずかに土に埋もれた石が見える。

nanaojo_132-7672土塁はそこそこの幅があり、奥までぐるっと続いている。屋敷の背後を守る城壁であり、かつ城内を見渡せる物見場所へ通じる道でもあったのだろう。

長屋敷はこれぐらいにして、七尾城跡を遠景で見ることができる展望台が城跡の東の山に整備されているので、向かってみる。

nanaojo_133-7684展望台への上り道には、七尾城の歴史を語ると題して、何枚かの説明板が設置されていた。車道沿いに設置されているが、車で上ると見てられない。歩いて登る人用。

nanaojo_134-7685七尾城の歴史を語る、説明板その2。

nanaojo_135-7686七尾城の歴史を語る、説明板その3。

nanaojo_136-7687展望台へ到着。七尾の市街地と、七尾城本丸跡が、一望という。

nanaojo_137-7688展望台の心柱に設置されている説明板。織田信丁。斜め上を行く誤字。

nanaojo_138-7689展望台二階へ。

nanaojo_139-7691まずは西方の七尾城本丸跡を見る。木々の間からうまく本丸の多段石垣が見える。かなり遠い。

nanaojo_140-7692ズームで見る。削平され多段に積み上げられた七尾城本丸が見える。かつては本丸跡だけでなく手前・奥の山も裸にされ石垣・土塁・屋敷などが建ち並んでいた。

nanaojo_141-7696超ズームで見る、七尾城本丸跡。かつては右側の多段石垣の方にせり出す(懸造り)かたちで、巨大な本丸御殿が建っていた。

nanaojo_142-7701続いて、展望台から見る七尾市街地方面。正面の海は七尾湾(七尾南湾)、右奥の島は能登島で、其の奥の薄い山々が能登半島の先端部にあたる。ここから奥がすべて能登畠山氏の所領だった。

nanaojo_143-7699ズームで見る、小丸山城跡。中央部の小さな森部がそう。信長より能登一国を得た前田利家は、不便な中世山城の七尾城を廃し、港に近い小丸山へ街と城を移した。

nanaojo_144-7703続いて山麓の城下町エリアに建てられている「七尾城史資料館」へ。このあたりからハイキングコースとして旧大手道が整備されている。本丸まで、なんと2.4km。

nanaojo_145-7704七尾城史資料館へ。

nanaojo_146-7706入口にあった巨大な「七尾城攻略戦」絵図。登城路(大手道)は中央の白線だが、上杉謙信は大手道ではなく城の西側、九尺石方面へと通じる大谷川沿いの山道(新大手道)から攻め上がったという。(右側のあせた赤線ルート)

nanaojo_147-7717七尾城史資料館。百名城スタンプはこの入口にも設置されている。

nanaojo_148-7712館内は1階が再現CG(動画)コーナー、2階がゆかりの品々やパネル展示など。再現CGはかなり迫力があるので必見。特に、登ってきた後にCGを見ると、ああ あそこがこうなっていたのかとイメージが湧きやすい。Youtubeにもアップされている。こちら

nanaojo_149-7720資料館の脇には古びた木戸が立てかけてある。なんと、七尾城 大手道沿いの城門(薬医門)の扉という。雨ざらしになっているので、朽ち果てている。

nanaojo_150-7722乳金物も無残にもこの姿に。

nanaojo_151-7723最後に、山麓の城下町に設置されていた巨大な防塁、惣構(そうがまえ)跡を見てみよう。ほぼ失われているが、一部田畑の中に残っている。断崖と柵を組み合わせていたという。この田んぼの真ん中に残る不自然な段差が、惣構の断崖跡。

nanaojo_152-7726惣構 断崖のそばには大きな森がある。ここは当時の処刑場と伝わる。

能登最大の中世山城跡、七尾城。全景を見ようとするとかなりの時間がかかるが、その価値は十分にある名城跡。目立つ高石垣だけでなく、尾根に広がる広大な城内を散策したい。

訪問時期:2016年10月
撮影機器:FUJIFILM X-T10 + XF14mm
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