菩提山城 [1/2] 竹中半兵衛が居城とした関ヶ原近くの中世山城へ。

菩提山城 (ぼだいやまじょう/ぼだいさんじょう) は美濃岩手にかつて存在した山城跡。岩手地区は関ヶ原古戦場の北東に位置し、あの名参謀 竹中半兵衛の居城として有名。元々は地元武士 岩手氏の居城だったが半兵衛の父 重元の代に攻め落とし、竹中氏の新たな居城として現在残る菩提山城へ改修したという。しかし半兵衛の息子 重門の代には時代の流れから山麓の平城へと拠点を移し、菩提山城は廃城となった。山上には今も土塁や堀切など中世山城の遺構が美しく残る。古文書により「菩提山城」とも「岩手山城」とも書かれている。

<基本データ>
●名称:菩提山城 (岩手山城)
●所在:岐阜県不破郡 (地図)
●城主:竹中重元 / 竹中重治(半兵衛)
●築城:天文十五年(1546) or 永禄二年(1559)頃
●遺構:土塁、堀切、空堀、曲輪

訪問時期:2015年11月
菩提山城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

bodaiyama-jo_01-7086菩提山城への登山道はいくつかある。ここはその一つで「菩提」と呼ばれる登り口。白山神社の境内を通るルート。右下の菩提山城跡ハイキングコース案内図によれば計4ルートがあるようだ。なお大手道とされるルートは竹中氏陣屋の北 禅幢寺の隣の八幡神社裏からのルート。

bodaiyama-jo_02-6909登り口はこの裏手のコンクリートの階段から。ちょっと雰囲気が無い。

bodaiyama-jo_04-6910菩提山城跡ハイキングコース。うーん。確かにこの看板がないと、コンクリートの階段を上がってハイキングコースや中世山城跡へ行く、とはすぐには思いつかないかも知れない。

bodaiyama-jo_05-6912階段を上がってしばらく進むと、白山神社へ。登山道はその奥。

bodaiyama-jo_06-6913白山神社。低い基壇が設けてある。

bodaiyama-jo_07-6915白山神社 本殿。登山ルートは本殿向かって左奥へ。

bodaiyama-jo_08-6916菩提山城跡 1100m・・・! 山道を1.1km。頑張ろう。時間を測ってみよう。現在 14:26。

bodaiyama-jo_09-6917手書きの大きな菩提山城跡 案内板。しかし矢印の指す方向は小屋が。その小屋の左側、斜面ギリギリのところを奥へ進むのが正解。

bodaiyama-jo_10-6918このような木の階段がしばらくずっと続く。頑張って登ろう。

bodaiyama-jo_11-6920ずっと続く階段。遺構らしきものは無い。ただひたすら登る。

bodaiyama-jo_12-6922しばらく進むと木組みで作られた物見台のような場所へ。遺構かどうかは不明だが、おそらくハイキングコースに付随するものだろう。

bodaiyama-jo_13-6923更に登ると車道にぶつかる。ハイキングコース(登城路)は車道ではなく、車道を横切った先にある階段へと続く。紛らわしい。車道は整備用の林道で、一般車両は入れないらしい。

bodaiyama-jo_14-6924林道を横切って、再び階段を上がる。

bodaiyama-jo_15-6926時折このような 菩提山城跡 → ◯◯m、という案内板があるので、道が合っていることで安心するような、距離を見て凹むような。

bodaiyama-jo_16-6931しばらく真っ直ぐな尾根道を進む。ハイキングコース。

bodaiyama-jo_17-6933そして三叉路へ出た。八幡神社や岩崎神社といった別ルートからの登城路との合流点。ここから先は一本道となる。菩提山城跡まで510m。

bodaiyama-jo_18-6934いよいよ山の斜面を削り取って堀切状にした山道へ。お城の道といった雰囲気が出てくる。そして天気も急速に悪化し、霧に包まれはじめる。お城と霧というと竹田城などで一時ブームと化した「天空の城」だが、それは霧の上から見下ろす場合で、霧の中に入ると真っ白で何も見えない。

bodaiyama-jo_19-6935切り通し道が続く。城跡(の先端)はもうすぐ。

bodaiyama-jo_20-6940突如現れる赤い看板。「ここより菩提山城跡」と書いてある。右側は「竪堀」。城跡遺構の先端部のようだ。なお現在の時刻 14:50。白山神社境内より25分かかった。1.1kmがここまでを指しているのか、あるいは本曲輪までなのかは不明。

bodaiyama-jo_03-7064ここで山頂 (本曲輪) に設置されている「菩提山城跡 縄張図 (平面図)」を先に掲載。今は一番下、大手山道の「土橋」と「竪堀」の場所に到達している。この先に、多数の曲輪と堀切、竪堀などが存在するようだ。

bodaiyama-jo_21-6943城道を遮る最初の難関、竪堀 (たてぼり)。斜面を削り落とすことで、この斜面を横切っての登城は難しく、必然的に削り落とされていない「土橋」部を通ることになる。そこを堅固に守れば、大きな防御となる。

bodaiyama-jo_22-6953土橋と竪堀。中央の黄色い細い道が土橋(どばし)で、その左右の削られた部分が竪堀(たてぼり)。山城への登城路を守る典型的かつ基本となる防衛設備の一つだ。この前後に門や土塀などが建てられ、竪堀ももっと鋭角に掘り落とされ、多数の兵が守り、当時はもっと堅固な印象だっただろう。

bodaiyama-jo_23-6957土橋と堀切を越えると、道は城内へと伸びる。最初のカーブのところで、左側が「大手曲輪」という番所的な位置づけの曲輪。右側の斜面の上は本曲輪だ。

bodaiyama-jo_24-6959大手曲輪の中は藪だらけでとても中には入ろうという雰囲気ではなく。

bodaiyama-jo_25-6960大手曲輪を越えて更に城内へと進む。かつて門があったかのような、土塁と切岸に囲まれた場所。虎口跡のようにも見える。

bodaiyama-jo_26-6963そこを上がると、広い場所へ。ここは「三の曲輪」にあたる。土塁や凹みなど人工的な設備の跡が残る。

bodaiyama-jo_27-6966何だか少し渋い、垂井町制作の竹中半兵衛 ノボリ。陣屋の銅像をモデルにしたイラスト。

bodaiyama-jo_28-6970三の曲輪を越えて奥へ。出曲輪との間に設けられた巨大な堀切! かつてはこの間に木橋が架かっていたのだろうか。今は斜面を降りられるよう階段とロープが設けてある。

bodaiyama-jo_29-6974斜面を降りながら、堀切のV字具合を見てみる。

bodaiyama-jo_30-6977堀切の下へ。このまま反対側の斜面をあがると出曲輪だが、堀切底を通って奥の帯曲輪へ向かってみよう。

bodaiyama-jo_31-6981堀切を奥に進んで、見返す。かつてはつながっていたであろう両曲輪を手で掘り込んで完全に分断。すごい土木工事だ。

>> 菩提山城 [2/2] へ続く。<<

訪問時期:2015年11月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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