菩提山城 [2/2] 急な濃霧に包まれ視界真っ白の山頂 本曲輪へ。

菩提山城 訪問記 其の二。

[前回までの訪問記 概要]
白山神社のある菩提登山口より登城開始。神社境内から約25分の登山を経て、城跡の先端部となる土橋と竪堀へ到着。大手曲輪、三の曲輪を経て、出曲輪の大堀切までやって来た。後編では突然発生した濃霧の中、城の中心部を散策する。

訪問時期:2015年11月
菩提山城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

bodaiyama-jo_03-7064菩提山城 縄張図 再掲。現在は左端「出曲輪」の手前の大堀切の底に居る。ここから腰曲輪を経て、奥の堀切・竪堀群を見ながら出曲輪へ、そして三→二→本曲輪と散策する。

bodaiyama-jo_32-6985出曲輪の下にある腰曲輪へ。出曲輪(左側の切岸の上)を回り込むように、奥へ。

bodaiyama-jo_33-6992腰曲輪を分断する竪堀。このあたりは城の南端部にあたり、南側から登ってくる敵兵に備えて、この大竪堀から向こう側には畝状になった竪堀群が築かれ堅固な構えとなっているようだ。

bodaiyama-jo_34-6995このあたりも先ほどの腰曲輪が続いているような印象だが、先の縄張図では堀切(横堀)となっている。右前にある赤い看板は「畝状堀」と書いてある。畝状堀 (うねじょうほり) とは畝状竪堀とも言われ、竪堀が三本以上に渡って並行して連続に築かれた状態を指す。つまり、あの赤い看板の下に、斜面に竪堀が連続して(畑の畝のように凸凹に)築かれている、ということだ。登って見下ろしてみよう。

bodaiyama-jo_35-6998s先ほどの赤い看板の横から、斜面下を見下ろす。かなり埋もれていて分かりづらいが、たしかに斜面に竪堀が複数本築かれ、斜面全体が凸凹になっていることが、見て取れる。斜面下にはもう1本 横に堀切が築かれている。

bodaiyama-jo_36-6999下の堀切から、畝状堀を見上げてみる。かなり薄いが、地面が凸凹になっているのが分かるだろうか。かつては鋭角に掘り込まれていたのだろうか。

bodaiyama-jo_37-7007先ほど上から見た、腰曲輪の大竪堀。下の堀切から見上げる。それにしても霧がひどくなってきた。

bodaiyama-jo_38-7017畝状竪堀あたりまで戻ってきて、斜面を直登し、一番上の出曲輪を目指す。上は霧で真っ白だ。

bodaiyama-jo_39-7020出曲輪へ到着。まっしろ。外から見ると美しい「天空の城」も、中に入ればこの状態。

bodaiyama-jo_40-7023出曲輪の外周には、このように掘り込まれた溝があった。外の土塁を壁に、兵が潜って戦うための武者隠し的な設備だろうか。

bodaiyama-jo_41-7024再び出曲輪と三の曲輪の間の大堀切へ。今度は出曲輪側から。大量に生えた木々を伐採し遺構が見易いように整備してあるが、その切った大木が堀切や竪堀に落ちて残ってしまうのは、ある意味仕方がない。

bodaiyama-jo_42-7027出曲輪の大堀切。正面から見てもこの段差具合がよく分かる。

bodaiyama-jo_43-7034三の曲輪へ再度上がり、本曲輪方面を目指す。如何にも城の道といった印象。正面の土塁の横には木戸でもあったのだろうか。左側は枯れ木が積まれているが、竪堀がある。

bodaiyama-jo_44-7037台所曲輪。このまま真っ直ぐ突っ切ると西の曲輪へ、右へ曲がると本曲輪方面へ。まずは本曲輪へ行ってみよう。

bodaiyama-jo_45-7038本曲輪と二の曲輪へと向かう斜面。土塁で囲われた入口(虎口)を右へ曲がる。

bodaiyama-jo_46-7040山頂部へ。今居る場所は、本曲輪と二の曲輪の中央に位置する「馬出 (うまだし)」部で、左側に見える曲輪を分断する堀切の向こう側が本曲輪、右側の (見切れているが) 堀切の向こう側が二の曲輪となる。

bodaiyama-jo_47-7041まずは二の曲輪側へ。霧もやの向こうに、浅い堀切が見える。

bodaiyama-jo_48-7045二の曲輪へ。山頂部の南半分が二の曲輪。

bodaiyama-jo_49-7046二の曲輪から本丸方面を見る。奥の方はモヤモヤで見えない。幻想的と見るか、遺構も眺望も見えない!と取るか。

bodaiyama-jo_50-7047四等三角点、菩提山。

bodaiyama-jo_51-7051二の曲輪から馬出を経て、本曲輪へ向かってみよう。本曲輪と馬出とは、中央部を大きな堀切が遮り、左右に細い土橋が渡っている。本来は堀切部はもっと深く鋭角で、ここに入ってまた上がることは困難、土橋を渡らざるをえない構造だっただろう。

bodaiyama-jo_52-7054土橋の上から、本曲輪と馬出を遮る堀切を見る。

bodaiyama-jo_53-7057本曲輪側から土橋を見る。

bodaiyama-jo_54-7061反対側の土橋部と堀切。

bodaiyama-jo_55-7059本曲輪へ。説明板と、下からも見えるかもしれない巨大ノボリが建っている。

bodaiyama-jo_56-7076菩提山城 名物 巨大ノボリ。竹中半兵衛重治公 菩提山城跡!

bodaiyama-jo_57-7062ハイキングコースとして整備されてることもあり、本曲輪には座ってくつろいだりご飯食べたりできそうなスペースもあった。濃霧でベチャベチャなので座れなかったけど、晴れてたら気持ち良さそう。

bodaiyama-jo_58-7063本曲輪に設置されている 菩提山城説明図。西美濃最大級の山城。城の歴史とゆかりの人物らを古文書を交えながら簡潔に紹介していて、好感が持てる読みやすい説明文だ。カラーで分かりやすい縄張図も良い。当ページの最初に掲載した縄張図はここから引用。素晴らしい。

bodaiyama-jo_59-7065本曲輪。

bodaiyama-jo_60-7068巨大ノボリがあるところあたりからは、一部開けていて山麓の岩手方面を見ることが出来る。無料の双眼鏡も設置されていた。しかし、眼下は雲海。。。

bodaiyama-jo_61-7067菩提山城からの眺望。真っ白。もしこの先に雲より高い位置に天守を持つ山城があったら、天空の城として絶景だっただろう。ははは。

bodaiyama-jo_62-7069何故か急に霧が晴れ始める(眼下はダメ、山頂のみ)。先ほど真っ白だった二の曲輪・馬出・堀切方面もこのクッキリ感。山の天気はホントにすぐ変わる。

bodaiyama-jo_63-7071本曲輪の奥へ行ってみよう。一部周囲が低くなっていて、そこも腰曲輪とされているようだ。

bodaiyama-jo_64-7073現在の菩提山城主と思われる猛獣殿の爪痕。一人ならこれを見たらビビる。

bodaiyama-jo_65-7080そしてまた雲海の中へ。最後に、台所曲輪の更に奥にある西の曲輪へ向かってみよう。赤い案内板を頼りに奥へ。

bodaiyama-jo_66-7081西の曲輪。濃霧も相まってか、鬱蒼とした印象。

bodaiyama-jo_67-7084西の曲輪の更に西側斜面には大きな竪堀が掘られていた。こちら。滑って落ちたら戻るのに難儀しそうな斜面だ。更にこの奥の奥には北の水の手と呼ばれる曲輪群があるのだが、この濃霧と時刻があり、西の曲輪までで散策を終えて下山した。

bodaiyama-jo_68-7064s今回の登城散策ルートを赤線で示してみた。見やすく分かりやすい縄張図を掲載してくれている山城説明板、大好きです。

訪問時期:2015年11月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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