草路城 : 土塁と水堀に囲まれた、かつての山城国一揆の戦場跡。

草路城 (くさじじょう) は、京都府京田辺市に残る平地の居館跡。現在「咋岡神社」(くいおかじんじゃ) の境内は、かつて国を二分し京を火の海にした大乱「応仁の乱」(1467年) 後に続いた守護 畠山氏の跡目争いを端に発生した「山城国一揆」で戦場となった草路城跡と伝わる。境内脇の削平地には明瞭な土塁が残り、神社の周囲には水堀が巡らされている。

<基本データ>
●名称:草路城
●所在:京都府京田辺市 (地図)
●城主:草内氏、畠山政長
●築城:15世紀頃
●遺構:土塁、水堀跡

訪問時期:2016年9月


<訪問記>

kusaji-4780a-4789京田辺にある「咋岡神社」へ。くいおかじんじゃ。ここは応仁の乱後に発生した山城国一揆の舞台の一つである、草路城跡と伝わる。

kusaji-4781a-4792咋岡神社 説明板。創建は鎌倉時代、応仁の乱時に戦火で焼失しているが、その頃は神社ではなく草路城と言われた、とも伝わるようだ。

kusaji-4788石鳥居すぐ横に建つ、草路城跡碑。

kusaji-4790咋岡神社 赤鳥居。この奥は拝殿だが、土塁が残る削平地はこの右側の森の中。お参りをしてから、訪問してみよう。

kusaji-4798こちらが神社脇の削平地。特に何も無いスペースだが、外周を土塁がぐるっと囲んでいることが分かる。どう見てもお城、居館跡だ。ヤブ蚊がすごい。

kusaji-4793咋岡神社の外周へ。ぐるっと水路が巡っている。軍事拠点時代の水濠跡と言われても遜色の無い状況だ。

kusaji-4794方形居館ではなく、突出部を持つやや複雑な形をしているが、その周りも律儀に水濠が巡らされている。

kusaji-4795水濠に沿って咋岡神社を一周してみよう。かつての国人たちの拠点跡。ちょっとした歴史散歩にちょうどいい感じ。現地に草路城に関するもう少し説明板などあれば、尚良かった。

訪問時期:2016年9月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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