福地城 [1/2] 巨大な大手門跡と高い土塁を持つ伊賀土豪の居館跡。

福地城 (ふくちじょう) は、伊賀北東端に位置する柘植 (つげ) 地域の有力国人 福地氏の居城で、丘陵の上に巨大な土塁と石垣を持つ大手門跡で囲まれた主郭が特徴的な居館跡。福地氏城とも言われる。伊賀観光案内サイトの記載によると、福地氏は天正伊賀の乱で織田方に付き勝利に貢献、勢力を拡大したが、本能寺の変後に後ろ盾を失うと他の国人らに襲撃され、他国へ落ち延びたという(参考)。城はその際に廃城になったと考えられている。城跡は現在、あの松尾芭蕉が伊賀の出身で福地氏の一族とされる説から「芭蕉公園」として多くの歌碑などが並ぶ公園に整備されている。

<基本データ>
●名称:福地城 (Wikipedia)
●所在:三重県伊賀市 (地図)
●築主:福地伊予守
●築城:15世紀頃
●遺構:石垣、土塁、空堀、虎口 等

訪問時期:2016年7月
福地城 訪問記:其の一


<訪問記>

fukuchijo01-4073JR柘植 (つげ) 駅から徒歩で約40分。芭蕉公園として整備されている小丘が「福地城跡」だ。芭蕉公園への石段の入口には史跡碑も建つ。

fukuchijo02-4074立派な史跡碑。史跡 福地城跡。

fukuchijo03-4075史跡「福地城跡」説明板。伊賀随一の中世城跡、城主は福地伊予守宗隆、かつて日置氏、北村氏とともに柘植三方と呼ばれたほどの有力国人だった。また松尾芭蕉が伊賀出身(出身地は柘植説と赤坂説があるという)であり、福地氏の一族であったことから、芭蕉ゆかりの地として芭蕉公園と名付けられたようだ。ちなみに芭蕉が生まれたのは1644年、福地城は本能寺後あたり廃城になっているので、福地城に芭蕉が居たわけではなさそうだ。

fukuchijo04-6136s福地城 縄張図(「三重の山城ベスト50を歩く」サンライズ出版発行 p.197より加筆引用)。現在地は赤丸のところで、ここから郭VとIVの間を通る細い道が今から登る石段。I郭が主郭、その他周囲のII郭、III郭あたりを散策し(IV郭は民家)、最後に平時の居館跡と伝わるXII郭を訪れてみよう。

fukuchijo05-4076では石段を上がって城跡へ。この石段は公園整備時のものだろう。しかし左右に郭や石垣、土塁が残ることから、当時も道があったのかもしれない。

fukuchijo06-4077石段の左側、城の外側には結構な高さと長さの土塁。

fukuchijo07-4078左側に土塁、右奥には石垣が見えてきた。

fukuchijo08-4079巨大な石が積み上げられた石垣。先の縄張図のIV郭にあたる。この上は宅地(和食料理屋)があるが、資料によるとかつて掘立柱跡や出丸跡があったが造成により遺構は破壊されたとのこと。この石垣も宅地造成の際に積まれたものかもしれない。

fukuchijo09-4080宅地の石垣に沿って奥へ。

fukuchijo10-4082グルっと反対側まで回り込むような印象。左側は虎口、後ほど散策。まずは正面まっすぐ奥にある主郭へ向かおう。

fukuchijo11-4084巨大な石垣を持つ大手門跡が見えてきた。伊賀の土豪とは思えない城跡。

fukuchijo12-4129福地城 最大の見所である主郭大手門跡石垣。じっくり見ていこう。隅部は崩れているようだが、それでも3mほど残っている。丸いままの石を乱雑に積み上げた野面積み方式。奥には折れ曲がりも見える。石垣の左側は空堀になっているが草ぼうぼうで深さなどよく分からなかった。

fukuchijo13-4128向かって右側の石垣。こちらも隅部が大きく崩れているが、長辺を交互に積み、算木積みっぽい工夫がなされていることも見て取れる。福地城には伊賀土豪の福地氏が築城、治めていたが、天正伊賀の乱の後 織田信雄が家臣を入れたとの記録もあるそうで、その際に織豊期のこうした技術が投入されたのかもしれない。この石垣自体もその頃のものか。

fukuchijo14-4086大手門跡石垣。中央部の石垣がせり出して狭くなっている。資料によるとかつて門柱を支えたと思われる礎石も見つかっているとか(現地では見付けられなかった)。櫓門的な巨大な門がここを塞いでいた可能性もあるか。

fukuchijo15-4087狭くなった大手門あたり。かつてこのあたりに巨大な門が建っていたか。

fukuchijo16-4088石垣の折れ曲がり部。間詰め石が多数埋め込まれている。

fukuchijo17-4089反対側の折れ曲がり部。

fukuchijo18-4094石垣の裏側。かなり巨大な土塁が構築されている。これが主郭の周囲をぐるっと囲んでいる。

fukuchijo19-4090では大手門跡を通って主郭内部へ入ってみよう。内部は公園化されている。

fukuchijo20-4093主郭内部。結構広い。芭蕉公園というだけあって、多くの歌碑が建てられている。

fukuchijo21-4095主郭内には石碑だけでなく木々も植えられており、特に夏場は大きく育っていて散策しづらい。そんな中、石積みの丸い部分を発見。池跡か。ごみをもって、かえる。

fukuchijo22-4096中央部には石積み(石垣の遺構を再利用?)の上に置かれた「芭蕉翁生誕之地」という石碑。個々で産まれたわけではなく、柘植の町 自体が芭蕉生誕の場、という説がある。

fukuchijo23-4097主郭の周囲は巨大な土塁がぐるりと巻いている。後ほど登ってみよう。

fukuchijo24-4099主郭奥に残る石積み井戸。かなり古い屋根。

fukuchijo25-4100井戸の説明板。と思いきや、福地城のこの井戸のエピソードが出てくる横光利一の小説「考へる葦」の抜粋だった。

fukuchijo26-4101古井戸の中。鉄の古い釣瓶がある。円形にキレイな石積みが残っている。

fukuchijo27-4102城内には歌碑が沢山あるが、先ほどの井戸の説明板に出てきた「古池や」の有名な歌碑があるか探してみたが見つからなかった。この歌碑の奥に、もう1つの虎口があるので行ってみよう。木々の間に蜘蛛の巣が張っていて進みづらい。

fukuchijo28-4103石碑を越えて奥へ。何となく道が見える。

fukuchijo29-4105小さく土塁に穴が開いており、左右や奥には石積みも見える。虎口から土塁の上へ出てみよう。

>> 福地城 [2/2] へ続く。<<

訪問時期:2016年7月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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