高島城 [1/3] 水堀に囲まれた”茶色い天守”が特徴的な諏訪湖のお城。

高島城は、秀吉家臣の日根野高吉によって16世紀末に諏訪湖沿いに築かれた総石垣の水城。築城当時は諏訪湖沿いに建てられたと言われるが、諏訪湖の干拓により江戸時代の古絵図においても既に湖岸ではない場所に描かれており、現在は更にかなり諏訪湖から離れた位置に存在する。日根野氏の移封後はかつての領主だった諏訪氏が返り咲き、明治まで当地を治めた。明治まで大小の天守を含む建物が残っていたが維新後にほぼ取り壊された。大天守は明治の古写真に残る姿を元に昭和45年に再建された。江戸時代の天守は瓦を載せず、こけら葺きで御殿のような色合いをしており、それを意識して再建天守には銅板が葺かれている。窓の数など一部のデザインがどういうわけか微妙に変更されているが、ほぼ当時の姿を模している。

<基本データ>
●名称:高島城 (Wikipedia)
●所在:長野県諏訪市 (地図)
●築主:日根野高吉
●築城:1598年 (慶長三年)
●遺構:石垣、天守台、水堀、城門、再建天守

訪問時期:2015年7月
高島城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

takashimajo001-8739s長野県は諏訪湖の東側、上諏訪駅よりスタート。歩いて15分ほどの近場にお城はある。ちなみに近くには信濃国一之宮である諏訪大社(2社4宮から構成)もある。

takashimajo001a-8589s駅からお城の方へ。かつての大手道を通る。交差点名も「大手1・2丁目」とあり、盛り上がる。

takashimajo002-8738そして大手道らしく、直角に2度折れ曲がる虎口も幾つか見られる。かつての大手門跡か。現在は見通しが最悪に悪い危険な道。

takashimajo003-8593かつての三ノ丸あたりへ。蔵のような古い建物が並ぶ。正面は古い造り醤油屋。

takashimajo004-8594醤油屋さんの前には「高島城三之丸跡」の説明板が建つ。二本の川の間に挟まれたエリアが旧 三ノ丸。かつては三ノ丸御殿があったという。

takashimajo005-8596s三ノ丸から二ノ丸へ通じる道も大きくカーブしている。正面の森あたりの下は、三ノ丸と二ノ丸を隔てていた川。

takashimajo006-8598s川沿いにはなんと温泉跡が残る。三ノ丸湯跡、と書いてある。

takashimajo007-8599三ノ丸温泉由来。江戸中期の18世紀、高島城天守の修復工事をした際に自然湧出したという。現在は失われたが、跡地として石碑が建てられている。

takashimajo008-8600そしてこの川に架かる橋は「三之丸橋」。

takashimajo009-8601かつて二之丸と三之丸を隔てていた川。

takashimajo010-8737右側に比べ、左側の石垣はかなり古い印象。

takashimajo011-8602sそして二ノ丸へ。住宅街と化しているが当時は武家屋敷が建ち並んでいた。そして正面の森が、本丸。

takashimajo012-8735ここまで来ると、石垣、水堀、そして再建天守が見えてくる! 住宅街から、一気にお城へ。

takashimajo013-8603s道路を隔てて水堀と石垣、そして大天守が見える。

takashimajo014-8604諏訪高島城 再建天守。一目見てこの茶色い雰囲気が特徴的に映る。石垣と水堀は現存、土塀や天守は復元。高島城天守は元々瓦を葺かずにこけら葺きの屋根を持ち、このような茶色い印象の天守だったという。復元に際し似たような印象・色合いの銅板葺きとされた。また窓が増設されている(最上階の破風下等)など細部が異なることから、外観復元とは言われないようだ。

takashimajo015-8609青空に映える、美しい高島城の大天守。

takashimajo016-8612水堀に架かる「冠木橋」。

takashimajo017-8614隅櫓も復元されている。

takashimajo018-8617橋の上から見た高島城天守。銅板の屋根の青い部分が見える。当時はこけら葺き(小さな木の札を少しずつずらしながら重ねてカーブを描く美しい伝統技法)だったそうで、青くはなく全体的に茶色い雰囲気だっただろう。

takashimajo019-8619魚眼レンズで、橋の手前から、高島城全景。

takashimajo020-8620隅櫓方面。内堀はなかなかの幅がある。

takashimajo021-8621橋の上から、高島城前面 全景。

takashimajo022-8622s冠木橋と内堀、天守。

takashimajo023-8634冠木橋を渡ると、本丸への入口にあたる場所に巨大な櫓門が建つ。門の部分がやや小さく、上の櫓部分がかなりせり出している。左右の石垣の上に乗る形となっているので不安定さは感じない。

takashimajo024-8635やや見辛い位置に「史跡 高島城本丸」の石碑が立つ。

takashimajo025-8636高島城本丸の堀と石垣 説明板。先ほど入ってきた水堀沿いおよび天守台の石垣はかなり立派だったが、裏側にあたる諏訪湖側の石垣はかなり簡素で小規模だと言う。後ほど見に行ってみよう。諏訪湖沿いということもあり、地盤が軟弱なため、沈下防止のため大木で組んだ筏(いかだ)の上に石垣を積むという技術を導入しているという。

takashimajo026-8637櫓門を越えて本丸内へ。当時はここに内桝形があり中の御殿は見えなかったが現在はこのとおり庭園となり見通しも良い。

takashimajo027-8639櫓門を見返す。

takashimajo028-8638冠木門跡 説明板。冠木門という名前は左右と上部の柱だけで構成された簡素な形式の門を指すが、ここにあるのは櫓門。元々 築条当時は冠木門があったのだが、後の改修で立派な櫓門が建ち、名前だけが残ったのでは、とのこと。

takashimajo029-8640高島城本丸絵図。本丸櫓門を入ってすぐは道が右へ折れ曲がる内枡形となっており、其の先は他の城同様に所狭しと本丸御殿が建てられ、そして周囲には多聞櫓、隅部には櫓、そして北西端には大天守と併設する小天守があったようだ。なお小天守は史料不足のため復元されなかったという。

takashimajo030-8641天守再建の際に建てられた、りっぱな石碑。外観復元ではなく、天守閣復興、と表現されている。

>> 高島城 [2/3] へ続く。<<

訪問時期:2015年7月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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