真田丸 カンタンあらすじ [第34回] 挙兵

真田丸 カンタンあらすじNHK大河ドラマ「真田丸」(2016年) 各回ごとの カンタンあらすじ を連載しています。
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第34回「挙兵」- 2016.8.28 放送

三成は謹慎処分となるも、前田利家が家康に掛け合い政務に復帰。しかし3月3日、その前田利家がこの世を去る。歯止めが無くなった清正・正則ら反三成勢は石田屋敷を襲撃。三成は間一髪で脱出する。北政所も茶々も仲裁拒否の中、最後の手段と源次郎は家康に事態収集を依頼。家康は三成が政権から去ることを条件に騒動を収めた。処分言い渡しの際、三成は清正を呼び何かを耳元で囁く。そして「今生の別れだ!」と源次郎へ告げると、堂々と退去した。三成が伏見を去った三日後、家康は伏見城へ居を移す。事実上の勝利宣言だった。

慶長五年(1600) 5月。家康は大坂城に移りほぼ天下を手中に収めていた。家康は上杉と決裂、会津征伐を決意する。真田家は打倒徳川で上杉方へ付くことを決意する。

6月16日。家康はしたたかに入手した豊臣軍旗を掲げ会津へ進軍開始。一方 大坂城では宇喜多を筆頭に反徳川の決起集会が行われていた。そこには石田治部の姿。「もう後には引けぬぞ?」「万事この治部にお任せあれ!」日本の歴史上未曾有の大戦が、始まる。

<今週の名台詞>
・家康「石田治部は、頭の切れる男ではあるが、勿体なかったのう」
・三成「殿下に全てを捧げ、殿下亡き後は豊臣家のために全てを投げ打ってここまでやってきた。何ゆえ私は伏見を追われなくてはならぬ!」
・信繁「石田治部様は己が身を省みること無く誰よりも豊臣家のことを思い尽くして来られました、その石田様でも内府様の元では務めることが出来ませんでした。どうして私などに務まりましょう!」

<真田丸紀行>
・福島正則公生誕地碑 – 愛知県あま市。

◇◇◇

次回:第35回「犬伏」

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