増山城 [3/3] 二ノ丸と安室屋敷の間に築かれた急斜面の巨大堀切。

増山城 訪問記 其の三。

[前回までの訪問記 概要]
雨の中、神保氏の巨大山城 増山城へ。一の丸、鐘撞堂南の大堀切、二ノ丸、鐘楼堂と見て回る。整備も行き届き見やすい山城となっている。其の三ではいよいよ城内最大の見どころ、鐘楼堂と安室屋敷の間の大堀切から、三の丸方面を散策する。

訪問時期:2015年11月
増山城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

masuyama-map-7099登城口の案内図にあった縄張図を再掲。現在は⑤の下の石垣と書かれたところにいる。石垣跡は其の二で見たがシダに覆われているのかよく分からなかった。ここから右に伸びる赤線に沿って、まずは鐘楼堂と安室屋敷の間の堀切を目指す。

masuyama-7236右側は二ノ丸の切岸、左側は急斜面の間に造られた城内路を通って奥へ。

masuyama-7239正面右側の土塁の上が二ノ丸、左側の上が安室屋敷。この道はその両者の間、堀切の底へと繋がる。

masuyama-7240二ノ丸と安室屋敷の間の堀切道。見事なV字。ここから左右に攻め入るのは、この角度を見れば不可能だと分かる。

masuyama-7244堀切は正面のV字で見るのと、少し斜めから「斜面のたすき掛け」のようなイメージで見るのとで、印象が異なる。正面二ノ丸のこの急な切岸。

masuyama-7246逆側の安室屋敷の切岸には、簡易なハシゴが架けられていた。ここから安室屋敷へ上がるようだ。城があった当時の安室屋敷の入り口はどこだったのだろうか。

masuyama-7249ではハシゴを登って安室屋敷へ行ってみよう。一見立て掛けてあるだけの超不安定なハシゴにも見えるが、実は左側がガッチリ固定されている。それでも、結構、怖い。

masuyama-7250ハシゴを登って安室屋敷へ。こちらもかなり広い。右側に大きな土塁が見える。

masuyama-7252安室屋敷 説明板。あむろやしき、ではなく、あぢちやしき、と読む。二ノ丸との間の大堀切は、深さ3.5m、上幅17.4m。安室とは家督を嫡子に譲って隠居した人の住居という意味だそうで、隠居した前藩主の邸宅があったのだろうか。

masuyama-7256先ほどの二ノ丸大堀切を、安室屋敷側から見る。正面向こう側は鐘楼堂。

masuyama-7256a-7269二ノ丸大堀切。上から見てもV字具合がよく分かる。

masuyama-7257安室屋敷 手前の土塁。結構立派に積み上げてある。

masuyama-7262そして安室屋敷外周にもこのような土塁の壁が設けられている。

masuyama-7263安室屋敷外周の土塁。

masuyama-7269a-7275ではハシゴを降りて再度 堀底道へ。

masuyama-7270a-7247堀底道を奥へ進む。道の途中に看板が見える。

masuyama-7270b-7248先ほど見えていた看板は、案内板が示していた「馬洗池」だ。かつては馬に水をくんだと伝えられるこの大池も、今は水が余り無いのか、このとおりただ草が茂るのみだった。

masuyama-7291馬洗池から更に道に沿って真っ直ぐ奥へ進む。高台の上へと道が続く。

masuyama-7292高台の入口は虎口風になっている。

masuyama-7293高台の上へ。ここは三の丸跡。

masuyama-7294三の丸 標柱。オオヤシキとも呼ばれるそうで、かつてここに大きな屋敷が建っていたことを伺わせる。また隅櫓の記載も古絵図にあったようだ。ここにもかつては大量の杉の木が植えられていたようだが、台風で倒れてしまい、今はこのような状態とのこと。

masuyama-7297三の丸全景。草は刈られているが発掘調査もされておらず余り見るところはなかった。

masuyama-7298馬洗池まで戻ってくる。馬洗池の看板の正面、写真の安室屋敷手前を右へ進む。

masuyama-7300sこちらへ進むと、案内板によると神保夫人入水井戸と書かれているが、それまでに足軽屋敷跡など色々あるようだ。

masuyama-7305どんどん進む。結構距離がある。

masuyama-7307左側が少し高くなっており、広い空間へ。

masuyama-7308足軽屋敷跡。今は竹林だ。

masuyama-7309まだまだ先。

masuyama-7310大きな凹みを越える。城内主要部からはかなり離れてきた。

masuyama-7311右側にまた少し高台があるエリアへ。看板が見える。

masuyama-7312こちらが案内板のあった神保夫人入水井戸。落城の際の悲話に基づく名前だ。

masuyama-7313御井 神保夫人自害所。石造りの井戸ではなく、素掘りのようだ。覗き込むとかなり深い穴で、底の方に水面が見えた。

masuyama-7314a-7322神保夫人入水井戸と、正面の曲輪。説明板もあるようだ。

masuyama-7316入水井戸の正面の曲輪へ。虎口的な入口をあがった先。

masuyama-7317池ノ平等屋敷。先ほど入った虎口だけでなく、北、南東、西の三箇所に入口があるようだ。中世土師器(土焼きの皿)が大量に出土したそうで、居住スペースだったようだ。

masuyama-7324そのまま道沿いに進むと下山となり、増山城跡の周囲をぐるりと囲んでいる道路に出た。ちょうどそこに案内板があったので掲載。最初に登ってきたのは中央下のダム湖に架かる橋から。車道沿いに進んでいけば入口に戻る事が出来そうだ。

masuyama-7325小判清水と書かれた、井戸跡もあった。

masuyama-7326車道に沿って降りていく。道の右側の土塁の上が先ほど出てきた増山城跡への入口、左側には「亀山城跡」と書かれた看板もある。増山城の隣の山に築かれていた、支城 亀山城跡がすぐ隣にあるようだ。ここまで来たら寄って行こう。→ 亀山城 (越中国) 訪問記 へ。

masuyama-7353増山城跡 遠景。

越中三大山城の一つ、戦国大名 神保氏の後期の拠点だった増山城。巨大な堀切や切岸などが光る巨城は山城ファンなら一見の価値あり。

訪問時期:2015年11月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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