増山城 [2/3] 二ノ丸に残る城内最大の櫓台、鐘楼堂跡へ。

増山城 訪問記 其の二。

[前回までの訪問記 概要]
越中三大山城の一角を担う守護代 神保氏の巨大山城 増山城へ。生憎の雨。増山陣屋(資料館)よりダム湖を越えて登城開始。膨大な土木工事の跡が窺える巨大迷路のような遺構は、神保氏の後に城に入った佐々成政によるものと言われる。第二回は城内最大の見どころ、巨大堀切道へ。

訪問時期:2015年11月
増山城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

masuyama-map-7099登山口にあった増山城 縄張図を再掲。現在は⑤あたりの「石垣」と書かれたあたりにいる。その二では、南の⑦「無常」曲輪とその先の堀切、そして⑧二ノ丸を散策する。

masuyama-7156二ノ丸と無常、そして二ノ丸奥の堀切道へと通じる三叉路。正面奥が二ノ丸。左下へ坂道を降りて行くと二ノ丸の下側に到達し堀切道へ。無常へは右奥へ。まずは無常曲輪を見に行ってみよう。

masuyama-7159細い山道を奥へ。

masuyama-7160こちらが細長い尾根の先端に造られた「無常」と名付けられた曲輪。説明板を見てみよう。

masuyama-7161無常 説明板。竪堀や堀切(空堀)、そして畝状竪堀群もあるようだ。

masuyama-7166無常曲輪より更に奥へ。

masuyama-7167案内板にもあった櫓台「鐘撞堂」へ。この奥には巨大な堀切が掘られているという。降りてみよう。

masuyama-7168a-7170降り口は特に無い、が、先人が残してくれたこのテープが巻かれた二本の木の間から、降りられる。

masuyama-7169二本の木の間。道ではない、が、降りられる。

masuyama-7171草をかき分けて進んでいくと、巨大な堀切が現れる。

masuyama-7173鐘撞堂奥の巨大堀切。向こう側は南櫓台。発掘調査ではこの堀切から鐘撞堂側へあがるための階段状遺構が見つかった、とのことだが、これだけ草ぼうぼうだと分からない。

masuyama-7174鐘撞堂奥の大堀切底。更にこの奥に畝状竪堀群がある、とのことだが、この草ぼうぼう具合では竪堀を見るのは厳しいと判断し、戻る。同行者は突撃した人も居たが、よく分からなかったとのことですぐ引き返してきていた。

masuyama-7180三叉路まで戻って、次は正面奥の二ノ丸へ向かおう。木の柵や土塁などが見えてきた。

masuyama-7182a-7215美しく山城風に整備された二ノ丸へ。左側に小さく古い二ノ丸の石碑が見える。

masuyama-7182b-7222二ノ丸入口。当時もこのような柵程度の防御施設だったのだろうか。柵ではなくとも、木の板程度だったのだろう。

masuyama-7185二ノ丸 説明板。最大規模の櫓台を持ち、立派な虎口、最高所、中心という位置づけから、ここが主郭であったと結論づけている。空堀からは焼土も出てきており、天正九年の織田軍による攻撃での焼き討ち跡か、とも。

masuyama-7186二ノ丸。かなり広い! 中央あたりに見える案内図は、登城口にあったものと同じ。多数の切り株はベンチとして置いてあるのだろうか。

masuyama-7188かなり広い。奥の方に土塁も見える。

masuyama-7188a-7194現在の城主 カモシカ氏も登場。すこしだけ、おじゃまします。

masuyama-7189二ノ丸の奥には、城内最大の櫓台がある。上がってみよう。

masuyama-7192左側は二ノ丸本体の切岸と連結して、かなりの高さになっている感がある。真下は二ノ丸堀切となる。上から堀切を見下ろすとかなりの高さだろう。

masuyama-7197櫓台の上へ。古い石碑と、変わった形の看板がある。

masuyama-7197a-7210鐘樓堂跡。樓は楼の旧字。跡の字がこれだけ埋まっているということは、石碑を建ててからこれだけ土(あるいは枯れ草→腐葉土)が積もったということだろうか。

masuyama-7198鐘楼堂 看板。城内最高所であるここに鐘楼を作れば、かなり高い位置から鐘を城内に響き渡らせることが出来るだろう。今は杉林だが、昔はこういう大木は殆ど無く見渡せる状態だっただろう。

masuyama-7200そして、鐘楼堂跡の奥から、堀切を見下ろす。巨大堀切の底はここからは見えない程の急角度、高さ。堀切の向こう側の曲輪(安室屋敷)へは、ハシゴが渡されているようだ。

masuyama-7208堀切反対側。11月でこの状態なので、夏場に来ると草木が生い茂り更に見辛いだろう。

masuyama-7223二ノ丸にはもう1つ目立った遺構が残る。それがこちら、神水鉢。自然石に穴がうがった石鉢。城主神保氏はこの水におとす月影で時刻を知ったとされている。

masuyama-7225神水鉢。意外と小さな穴だ。旗指石に見えなくもない。

masuyama-7229sでは再び三叉路に戻って、坂道を降りていこう。案内板は「馬洗池」と指している。

masuyama-7230斜面を降りて行くと、石垣跡と書かれた標柱が建っていた。その後ろを見ても石垣は無い。あれ?

masuyama-7232よく見ると、左奥の方に石垣らしき石の表面が見えていた。もしかするとこの斜面全体が石垣なのだが、シダのような草が全面をビッシリ覆ってしまって今はもう見えないのかもしれない。

masuyama-7233しばらく進むと二叉。馬洗池の方へ進む。馬洗池は、先ほど鐘楼堂跡から見下ろしたハシゴの架かった堀切の更に奥にある。

>> 増山城 [3/3] へ続く。<<

訪問時期:2015年11月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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