洲本城 [4/6] 西の丸残念石から見る洲本城天守は必見。

洲本城 訪問記 其の四。

[前回までの訪問記 概要]
山麓のバスターミナルから平城跡を越えて登山道へ。途中 西登り石垣を見て、北の八王子木戸より入城、二の丸、本丸、模擬天守、そして本丸の巨大な高石垣をじっくり見る。其の四では天守遠望が美しい西ノ丸へ。

訪問時期:2016年1月
洲本城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

本丸西側より再開。

sumotojo-6546本丸西側、西奥へ伸びる道。案内板の矢印が複雑で何処に進めばに何が見えるのか、ちと分かりづらいが、お城の構造が複雑だから仕方ない。今見えている道をまっすぐ進めば、西ノ丸へと到達する。

sumotojo-6549なかなか立派な石垣の脇を通って西へ。この石垣の上は現在は梅園になっている。当時は誰かの屋敷か何かだったのだろうか。

sumotojo-6551梅園石垣を越えると、一段低くなった広い曲輪へ。中央には「籾倉」とかかれた標柱が建っている。奥に見える土塁はかなり高い。

sumotojo-6553更に西へ。右側は低い土塁だったが、奥に石垣が見える。左右に石垣、門跡か。

sumotojo-6555「西門跡」。隅石垣が崩れてしまっている。

sumotojo-6556まっすぐ伸びる道。しばらく進むと坂道があったり階段があったり。どんどん奥へ。結構遠い。

sumotojo-6557a-6671やがて向かって右手にやや広場があり、その奥に1つの巨石がポツンとある場所へ。

sumotojo-6557b-6672この巨石は「残念石」と呼ばれ、城の石垣に使われるべき巨石だったが、うまく割れなかったのか、途中で不要となったのか、理由は不明だがとにかくこうしてここに残されたままという。

sumotojo-6557c-6673残念石と言われる所以。十字に矢穴(石を割るための横長の穴。ここにクサビを打ち込んでハンマーで叩いて割る。割れなかったので矢穴だけが残る)。見たところ茶色く、鉄分など何か硬い成分を大量に含んだ岩石で、人の手で割るにはちょっと大きすぎたのかも知れない。

sumotojo-6557d-6691そして残念石の奥から見られる絶景。大阪湾と、三熊山の山頂にそびえる石垣と模擬天守の図。

sumotojo-6557e-6677青と緑と茶色のコントラストが美しい! 残念石から見る洲本城。

sumotojo-6557f-6682模擬天守アップ。2013年頃に一度修復されているので、壁や瓦は美しい。

sumotojo-6558a-6694残念石から奥へ。広く見えるところが西ノ丸。

sumotojo-6558b-6696洲本城 西の丸 到着。

sumotojo-6558c-6697奥に昔の何かの施設跡が残る。今は地面のパネルも剥がれ、骨組みだけが残る廃墟状態。

sumotojo-6558d-6699西の丸は廃墟がある表面ではなく、周囲の一段降りたところに遺構が残る。この「タイミンタチバナ」の看板あたりから降りることが出来た。

sumotojo-6558e-6700西の丸 外周石垣。地表に出てるのは3−4段程度と低いが、ぐるりと西の丸の周囲を巻いている。土が積もっているだろうから、掘るともう少し石垣が出てくるかもしれない。

sumotojo-6558f-6702西の丸の石垣に沿って周囲を散策。やはり場所によって石垣の高さはマチマチ。一番高いところで、このとおり6−7段の石垣が残っていた。西の丸に行ったら、是非外周の石垣を見て欲しい。ただし1月の訪問で結構ヤブヤブ、夏場は厳しいかもしれない。

さて西の丸の散策を終え、再度本丸まで戻ってきた。本丸外周の続きを散策しよう。

sumotojo-6559a-6573本丸南側より、本丸石垣を見上げる。このあたりは一番高石垣なところ、か。写真は梅園の前から。左に進めば天守下、右に進めば最初に登った本丸大石段の前へ出る。正面隅石垣の上は、本丸で登った武者走台の上にあたる。上から覗き込んだときも結構な高さを感じたが、下から見るともっと迫力がある。

sumotojo-6559b-6576本丸西南端。

sumotojo-6559c-6575本丸西南端の隅石垣をじっくり見る。このあたりは、天正期に洲本で大名となり洲本城を石垣造りにした仙石秀久ではなく、その後の脇坂安治時代に築かれたものだとか。

sumotojo-6559d-6590本丸南面へ。ここは横にかなり長く高く積み上げられている。大きな石と小さな石がマチマチに使われていることが分かる。

sumotojo-6559e-6594本丸 南虎口と本丸石垣が接続している箇所を見る。隅部はなかなかの巨石が使われている。右側の石垣は後ほど接続されたように見える。

sumotojo-6560本丸南西側に位置する「三熊梅園」。梅の季節に来るとかなりキレイなようだが、今回は1月、まったくもってシーズンオフだが、ここも周囲が石垣で巻かれており、当時は屋敷か何かがあったのだろうということで、遺構目当てで入ってみる。

sumotojo-6561三熊梅園。梅に季節に来るとピンクにそまり梅の香り漂う美しい人気スポット、のようだ。

sumotojo-6562三熊梅園の中には、かつての井戸跡かもしれない、方形の水溜めがあった。

sumotojo-6563そして梅園の奥から、西の丸のように外周へ降りられる裏門的な場所の跡。裏門自体はこの通り鉄の柵で封鎖されているが、、、

sumotojo-6565少し移動すると階段で下へ降りられる場所もある。こちらは封鎖されていないので、ここから降りてみよう。

sumotojo-6566三熊梅園・南の丸(隣接する曲輪)外周石垣。

sumotojo-6569三熊梅園・南の丸 外周に沿って歩く。先ほど封鎖されていた裏門下へ。1月でもこの状況なので、夏場に来るとここも石垣を楽しむにはかなり厳しい状況だろう。

sumotojo-6570外周をそのまま東の奥へ抜ける事もできるようだが、南の丸を見たいので再度上がってくる。先ほど下に降りたところは、三熊梅園と南の丸の境目にあったようだ。こちらは南の丸。外周の土塁が気合が入っている。

sumotojo-6584南の丸 全景。本丸側の通路との間に低い石垣が築かれている。

sumotojo-6585南の丸 石垣。見て分かる通り、かなりキレイに整備がされている。一旦バラして全て積み直したそうだ。

sumotojo-6586南の丸 積み直し石垣の裏側。雁木(石垣の上に上がるための石段)もキレイになっている。水を含み膨らんで崩壊しそうな石垣は危ないが、きれいに整備しすぎるとそれはそれで、雰囲気がやや損なわれてしまった感も無くも無い。

sumotojo-6587南の丸の内部を散策。外周石垣でも整備されていないところはこのとおり従来の雰囲気のまま。こちらの方が廃城感は段違いにある。

sumotojo-6589南の丸 斜面側の石垣、内側。斜面から上がってくる敵を攻撃できるよう、石垣の上にあがる階段が設置されている。石垣の上には勿論銃眼(鉄砲狭間)を備えた土塀が設置されていたことだろう。

>> 洲本城 [5/6] へ続く。<<

訪問時期:2016年1月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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