洲本城 [3/6] 健気で可愛らしく見えてきた築80年のミニ模擬天守へ。

洲本城 訪問記 其の三。

[前回までの訪問記 概要]
山麓のバスターミナルから平城跡(現 史料館)を経由して徒歩で山上へ。途中で西登り石垣を堪能して、八王子木戸より入城、二の丸から本丸へ。本丸の周囲は高石垣で囲まれていた。其の三では天守台から模擬天守、そして本丸周囲の高石垣をガッツリ見ます。

訪問時期:2016年1月
洲本城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

sumotojo-6472では天守台横の小天守・続櫓台から、天守台の方へ向かおう。本来は、正面の天守台の大きさの大天守がそびえていたが、今は天守台の上にミニ天守台を建ててその上にこぢんまりしたミニミニ模擬天守が載る構造。天守があった当時、今立っているこの場所には続櫓と小天守が大天守と接続していたという。なお脇坂安治は関ヶ原後に伊予大洲へ転封となり、その際にこの洲本城天守を大洲城へ移設したという説もあるとか(物的証拠は見つかっていない)。古今、天守を移設(実際は分解して運搬し最組立)した例は、伏見城二条城や、二条城→淀城など、いくつか例がある。

sumotojo-6473では模擬天守をじっくり見てみよう。昭和3年建造の、日本最古の現存模擬天守(復元天守や復興天守など含めても最古)。昭和3年というと1928年、今から90年ほど前。その頃からこの小さな天守がここにそびえていると思うと、何だか可愛らしく思えてくる。

sumotojo-6474天守台の上へ登ってみよう。石垣の中がくり抜かれ、竜宮門のような中に、かつて模擬天守にあがる入口があったという。「天守閣」が右から左へ読む「閣守天」と書かれているところに時代を感じる。

sumotojo-6476石垣の中へ。石垣はコンクリートで固められた土台に貼り付けてあるだけなのだろう。中はこんな感じ。そして中央に土台があり、その上に穴が空いている。かつて下の土台から上の穴に向かって階段があったようだ。

sumotojo-6477模擬天守の中を、階段の穴から覗いてみる。二階から三階への階段は残っていた。なお模擬天守は2011年頃までは立入り可能だったが、壁面にひび割れが見つかったため一旦立入禁止となり、2013年秋に補修工事が終わった後もずっと階段は設置されず、立入禁止のままとなっているらしい。耐震強度が足りないのだろうか。

sumotojo-6478天守台(本物のほう)の上から西側を見る。山の尾根が続いている。正面に見えている山上は「西ノ丸」だろうか。後ほど訪問予定。

sumotojo-6479s天守台のすぐ下にある虎口を見下ろす。内枡形虎口。奥の入口部分には大きな礎石が埋まっているのが上からでも見える。

sumotojo-6502では天守台を降りて、本丸内をもう少し散策してみよう。本丸にはかつて売店があったのだろうか、シャッターが降りた小屋がある。その前には「洲本城主 脇坂安治」のノボリ。仙石秀久 ガッカリ。

sumotojo-6504本丸は東西が区切られ、上の売店はその中央あたりにある。境目辺りには淡路島ゆかりの芝居好きの伝説の狸「芝右衛門狸」を祀る社もあった。藤山寛美ら大阪の有名芸人らが寄進したとか。社の中には大きな狸の置物が並んでいた。では奥の本丸東側へ行ってみよう。

sumotojo-6505本丸東側へ。こちらは未整備のようだ。

sumotojo-6506本丸周囲の石垣へ上がる石段もあるが、やや崩れ気味。

sumotojo-6507本丸から、先ほど入ってきた南虎口を見下ろす。礎石が並んでいる。

sumotojo-6509本丸東端から、模擬天守方向を見る。1月でもこの有様なので、夏場に来ると全く見えないだろう。

sumotojo-6510本丸周囲を囲んでいた石垣は、一周ぐるりと巻いているのではなく、東側は切れていた。なぜこうなっているのだろう?

sumotojo-6512本丸東端。石垣の壁がなく、そのまま下の二の丸が見える構造になっている。ただ礎石のような巨石がゴロゴロしているので、石垣の壁がない代わりに、下から見える立派な御殿等がギリギリまで建っていたのかもしれない。奥の石垣は天守台の脇に続いていた中二階的な場所。

sumotojo-6515本丸東端から、天守台へと続く一段高い部分の石垣を覗きこむ。二の丸からの高さは一番高くなるので、かなりの高さだ。かつて石垣の途中から巨木が生えていたようだが、伐採してある。

sumotojo-6515a-6511本丸東端から、真下の二の丸を見下ろす。二の丸が立入禁止だったのが残念だ。

sumotojo-6515b-6514本丸東端から二の丸を見下ろす。一部 本丸石垣がこのように崩れているところがあった。これが危険なため、立入禁止にしているのかもしれない。

sumotojo-6516a-6497では本丸のもう一つの虎口、天守下虎口より天守台の西側へ回りこんでみよう。

sumotojo-6516c-6500虎口から見上げる模擬天守。千鳥破風がかわいらしい。屋根の先端がそろって上を向いていて、小さいながらも頑張っている印象を与える。

sumotojo-6517天守下虎口より、本丸帯曲輪へ。

sumotojo-6518帯曲輪側から、天守下虎口を見る。左側がもう天守台のため、ここは木戸があった程度で、櫓門は構造的に作れないだろう。

sumotojo-6520立派な天守台と、その上に乗る可愛らしいミニ模擬天守。石垣は野面積みだが、隅石の加工具合が勇ましい。

sumotojo-6521西側から。天守台の大きさと、その上の模擬天守の小ささの、ギャップ。夏場は前の木が生い茂って何も見えないかもしれない。

sumotojo-6523天守台の西北方面にやや広い場所があったので、そこから天守台を見返す。良いところに大きな木がある。これも冬ならではの光景か。

sumotojo-6524a-6531そして天守台の斜面側(北側)を覗き込んで見る。かなりの高さの石垣が斜面に直接積み上げられているようだ。すごい。こちら側は城下町方面なので、まさに城下に脇坂氏の威厳を示す「魅せる石垣」の役目も果たしていたのだろう。現在もよく木が伐採され整備され、城下からよく見えていた。すばらしい。

sumotojo-6525天守台北西曲輪 全景。青い海(大阪湾)と、青い空と、天守台。

sumotojo-6532なお本丸に建っていた案内図によると、この天守台北西曲輪の斜め下あたりに、先ほど見た西登り石垣の先端部があるような描かれ方をしていたが、覗き込んでも木々が深く生い茂っており、上からではよく分からなかった。

sumotojo-6534では本丸西側の帯曲輪を南下しながら、本丸周囲に築かれている石垣を見てみよう。微妙に折り曲げられている場所もある。

sumotojo-6536そして鈍角に曲げられた部分(しのぎ積み)。石垣の手前には小さな石が結界のように埋め込まれている。上面が平らなので、かつてこの上に土塀的なものが建てられていたのだろうか?

sumotojo-6537本丸高石垣に沿って南へ。石垣の中から木が生えている。崩れなければよいが。

sumotojo-6538何段かの石段があり、更に下に降りる。本丸の中は平坦なので、つまり高低差が増えるわけで、その分石垣の高さも増える。ちょうどこの辺りから石垣の木々が大きくなってくるので、ここではまだ本丸の高石垣感は分からない。この先に期待。

sumotojo-6539本丸西側を南北に走る通路は、途中で西に伸びる道と合流していた。ここを西(左)へ進むと、先ほど天守台から見えた隣の山頂にある「西ノ丸」へと通じる。後ほど行ってみよう。

sumotojo-6540その西ノ丸へと通じる道の前あたりから見る本丸高石垣。すごい迫力だ。木が惜しい。

sumotojo-6541本丸高石垣。石垣の中からニョキッと生えている二本を伐るだけでもかなり見栄えが変わるだろう。

sumotojo-6542本丸高石垣の南西端。扇の勾配ではなく、まっすぐに伸びていき、最後だけちょっと上に曲がっているように見受けられる。

>> 洲本城 [4/6] へ続く。<<

訪問時期:2016年1月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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