洲本城 [2/6] 壮大な高石垣と武者走台を持つ立派な本丸へ。

洲本城 訪問記 其の二。

[前回までの訪問記 概要]
バスターミナルから山麓の平城(現 史料館)跡を経由して、徒歩で洲本城へ登城開始。登城路の途中に見られる西登り石垣へ。脇坂安治が朝鮮出兵で得た経験から造られたと言われる登り石垣。崩壊は激しいものの迫力十分。其の二では山上へ。

訪問時期:2016年1月
洲本城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

其の一で見た西登り石垣から一旦 登城路を戻り、山頂へ向かう。西登り石垣のある道を真っ直ぐ進むと天守台の真下に到着する。そこではなく、中央部に辿り着くこちらのルートを選択。

sumotojo-6414八王子と書かれた石鳥居。ここから登ると「八王子木戸」と呼ばれる門跡に到着する。途中に八王子神社という小さな社がある。

sumotojo-6417登城路は途中まではコンクリートで舗装されていたが、いよいよ山上が近くなると、このように古い石段となる。肉体的には疲れるが、城跡感が急に出てきて気持ちは元気になる。

sumotojo-6418登城路の側面には石垣。登り石垣のところにあったカーブを描く石垣に似た積み方。

sumotojo-6420石垣と石段は連結していた。同じ時期に作られたものだろう。この上に見えている青いベンチがあるあたりが八王子神社。掃除をされている方がおられたので、写真は遠慮。おつかれさまです。

sumotojo-6422神社を越えると赤い鳥居。この奥に、多くの祠が並ぶ。

sumotojo-6424登城路沿いにズラリと並ぶ祠群。足元がコンクリートでガッチリ固められているが、お城があった頃からここに祠があったのだろうか?

sumotojo-6425祠群を越えるといよいよ城内へ。石垣の巨大な門跡。

sumotojo-6426八王子の木戸と呼ばれる門跡。木戸なので櫓門ではなく木製の門が建っていただけだろうか。

sumotojo-6427右側の石垣の上は、本丸の一段下(二の丸?)に当たる場所。しかし登り口はもっと奥。

sumotojo-6428城内も盛大に舗装されているようだ。崩壊が激しい二の丸の石垣の脇を通って、まずは本丸方面へ向かう。城内は広い、縄張図は本丸にしかないので、そこまではスマホ等で図面を確認しながら向かおう。

sumotojo-6429場内は迷路のように道が右へ左へ伸びている。本丸は右へ。左端に少し写っているが、結構あちこちに案内板があるので、まあ迷わないものの、全体規模や距離感は案内板だけでは分からない。

sumotojo-6430奥の一段高い石垣の上が、本丸。かなり壮大な石垣が築かれていたようだ。

sumotojo-6432本丸のすぐ下にある二の丸。かなり広い。巨木が一本だけ生えている。

sumotojo-6433二の丸から見る、そびえたつ本丸の石垣。奥の高い方は、15−20段ほど積み上げてある。すごい迫力。二の丸は何故か立入禁止(ロープ張られていた)だったので、この高い石垣を下から見られなかったのが残念。代わりに上から見下ろしてきたので、それは後ほど。

sumotojo-6437本丸へと続く大石段。

sumotojo-6439本丸大石段のすぐ横にそびえる、本丸石垣の隅石。隅を合わせた巨石が見事に積み上がっている。すごい迫力だ!

sumotojo-6440a-6438では、本丸大石段を通って、本丸へ上がってみよう。石段も一段一段がずれることなくビシっと作られている。

sumotojo-6442石段は一旦は途中まで、中二階的なところを通る。

sumotojo-6443奥を曲がると、内枡形虎口になっている。

sumotojo-6445本丸の内枡形虎口。この左右の石垣の上にはかつて巨大な櫓門が乗っかっていたのだろうか。

sumotojo-6446枡形を越えて、本丸の中へ。

sumotojo-6447本丸へ。向かって右奥に天守があるのだが、まずは正面の石垣の城壁が気になるのでそちらへ。洲本城の本丸は周囲を土塁が囲んでいて、内側も外側も石垣でしっかり固めた堅固な造りだった。奈良の高取城なども同じ構造。内側は土塁のままだったり、土塁が無く木や土塀で囲んでいた城も多い。

sumotojo-6448石垣土塁の上には石段(雁木)で上がることも出来る。

sumotojo-6449この周囲の石垣土塁は「武者走台」と呼ぶようだ。実際にはこの上には更に鉄砲狭間(銃眼)を備えた土塀があったのだろう。

sumotojo-6450武者走台の上から本丸虎口方面を見下ろす。結構な高さだ。石段は7段ほど。

sumotojo-6453本丸の上から下を見下ろす。こちらはまだ行っていない南ノ丸方面。すごい高さだ。下から見上げる高石垣が期待される。

sumotojo-6454そして本丸虎口方面へ移動して見下ろす。攻め入ってくる敵を挟み撃ちで一斉攻撃だ。

sumotojo-6456そして武者走台の上から天守方面を見る。1月なので木が枯れていて枝の隙間から天守が見えるが、葉が付くシーズンはまったく見えないことだろう。

sumotojo-6457本丸内部へ降りて、天守を見る。天守台の上に天守台付きの小さな模擬天守を建てた洲本城。昭和3年建造。壁や瓦などは近年修復されてとてもキレイだ。

sumotojo-6458a-6492天守全景。右側には売店らしき建物があったが、もう営業等はしていないようだった。

sumotojo-6461まずは天守台へ登ってみよう。天守向かって右奥あたりに登り口がある。その前に案内図。

sumotojo-6462国史跡 洲本城跡 案内図。非常に細かく良く描かれている図面。

sumotojo-6462-2山上部分をアップで。中央上のつづら折れの登山道から7番の「八王子木戸」より入城した。そこから15番「本丸大石段」を通って本丸へ。

sumotojo-6463では天守台の上へ上がってみよう。階段は残念ながらコンクリート製。元々はどうなっていたのだろうか、そもそもここが登り口だったのだろうか?ちなみに右側の石垣の上には小天守があったと伝わり、大天守と小天守の間は続櫓で接続していたとか。

sumotojo-6463a-6491小天守台から天守台 方面を見る。右側の眺望が素晴らしそうだ。

sumotojo-6463b-6469史跡洲本城について。いつ何が起きたかが細かい字でビッシリ書いてある。紀州熊野水軍の安宅氏が大阪湾防衛の要として当地に洲本城を築き、その後三好一族を養子として迎え三好一派となり、あの三好長慶も洲本城へやってきたという。しかし鉄砲隊を備えた羽柴秀吉率いる織田軍の前に敗北、開城した。その後入場した仙石秀久、脇坂安治によって石垣を持つ近世城郭へと改築、一度は拠点が由良へ移ったこともあったが、蜂須賀氏により洲本が淡路の中心として返り咲き、城を中心に発展した。

sumotojo-6464天守と反対側の端からは、大阪湾を望むことが出来る絶景スポットが有る。洲本八景。

sumotojo-6466洲本城跡より、大阪湾を望む。場内からは、ここか東端の曲輪から美しい大阪湾を一望に見下ろす事ができる。

>> 洲本城 [3/6] へ続く。<<

訪問時期:2016年1月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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