置塩城 [2/4] 長い掘割を越えて標高370mの東側山頂・伝本丸跡へ。

置塩城 訪問記 其の二。

[前回までの訪問記 概要]
城の南西麓、登山口より登城開始。十八丁(約2km)の山道をひたすら登る。角度も結構あって、道中はひたすらしんどい。途中 南曲輪群などにも立ち寄りながら、約50分で主郭エリアに到着。しかしここまでが導入部、ここからが本番だ。

訪問時期:2016年2月
置塩城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

登山道から城内へ入った付近に建つ案内図(簡易縄張図)付近よりスタート。

ojio-8110案内板の奥は道が三方向に分かれる。正面は伝二の丸(恐らく当時の中心地)へ向かう登り道。左は大石垣から大手道方面。右へ進めば伝二の丸をスルーして伝本丸へ向かう道だ。写真は正面と左側の道。まずは伝二の丸を経由して伝本丸へと進もう。坂道をあがる。

ojio-8111坂道を上がっていくと、坂の頂上に石垣跡が見えてくる。

ojio-8114地上に露出しているだけでも6−7段ある石垣。かなり立派で目立つ位置にある。城割の際、殆どが壊され姫路城へ運ばれたと言われる置塩城の石垣だが、何故ここだけこれだけの規模で残したのだろうか。

ojio-8117石垣崩落注意の看板どおり、結構崩れてきている。下に積もっている枯葉の山を取るともう1−2段ぐらいは出てきそうな雰囲気だ。

ojio-8118伝二の丸南側の石垣。先ほどの登山道から上がってきた人が主郭部(伝二の丸)へ向かう道沿いに、これだけの石垣が積んであると、さぞ驚いたことだろう。魅せる石垣。この上が伝二の丸の一段下にあたるので、ここから直接ショートカットされないように垂直に積み上げたのかもしれない。

ojio-8119伝二の丸南側石垣を越えて奥へ。右側が伝二の丸の高台なので、そこをぐるっと回り込むように奥へ進む。

ojio-8122伝二の丸の周囲を通路のように取り巻く帯曲輪。馬場や掘割とも言われる。右側の大斜面の上が伝二の丸。

ojio-8123伝二の丸下の帯曲輪には石がゴロゴロ転がっている。かつて伝二の丸の斜面やその上には石垣が積んであったのだろうか。

ojio-8124木の根元あたりに残る石垣跡っぽい部分と、その周囲に散らばる無数の石材。

ojio-8133人工的に削平された帯曲輪と、人工的に急角度に削られた(あるいは盛り上げられた)切岸。

ojio-8134伝二の丸下 帯曲輪。左側は伝三ノ丸、ここはその間の通路的な場所だ。左右に高台があると、掘割あるいは巨大な空堀のようにも感じられる。

ojio-8136伝三ノ丸を越えると、向かって左側は一段低い曲輪となる。後ほど覗いてみよう。右側の高い斜面の上はまだ伝二の丸。かなり広い。

ojio-8138伝二の丸の端っこが見えてきた。更にその奥へ向かうと、案内板にあるとおり、本丸跡へ。

ojio-8139左側の一段低くなっている曲輪を覗いてみると、周囲が土塁に囲まれ、かつて低い石垣か石積みがあったのだろうか、大量の小さめの石材が散乱している。水たまりもある。キレイに整形、区画された曲輪と言う印象。

ojio-8141更に奥の本丸方向へと歩みをすすめる。左側の低い曲輪の土塁具合がよく分かる。

ojio-8143足元をよく見ていると、時折 瓦片も見つかる。瓦葺の建物があった証拠。なお建物の類も城割時にすべて姫路城の資材として運ばれたと言われる。

ojio-8145再び左右を土塁に囲まれ、堀底道のような印象となる。左側は縄張図によると段々の曲輪になっているようだが、登り口が分からず今回は未訪問。

ojio-8147左側の斜面が徐々に高くなっていく。斜面途中には岩盤か、埋め込まれた石か、が見られる。かつては前面石垣(岩盤含む)だったのだろうか。

ojio-8151伝二の丸が終わると右側は今度は下り斜面となる。本丸へと続く道がまっすぐ伸びている。

ojio-8155やや下りになる。伝本丸は城内一帯で最高部で、その間が凹部になっているようだ。置塩城は二つの山頂部を持つ山城となっている。

ojio-8157二つの山頂部の中央部分にある凹部へ。キレイに削平されており、ちょっとした曲輪となっている。奥の斜面の頂部が伝本丸、石垣らしき部分も見えるので近寄ってみよう。

ojio-8163伝本丸 西面の巨石と石垣跡。元々ある岩石と、切り出した石材とをうまく組み合わせて石垣の壁を作るのは当時の常套手段だ。

ojio-8165伝本丸の斜面向かって右側に、奥へ進む道が伸びる。

ojio-8168伝本丸へと続く道。まだ緩やかな斜面だ。

ojio-8172まっすぐ進むと伝本丸の奥の曲輪(本丸南曲輪)へ。伝本丸へはここから急角度の坂道を上がっていく。

ojio-8173伝本丸へは斜面に巻き付くように造られた急角度の坂道を回り込みながら登っていく。

ojio-8175頂上に近づくに連れ、道に散乱する石材の量も増えていく。かつては伝本丸の最長部はぐるっと石垣が取り巻いていた(のが落ちてきた)のだろうか、あるいはこの道が石段造りだったのだろうか。想像しすぎて躓かないように注意、左側は結構な高さになってきている。

ojio-8178約180度 ぐるっと回りこんで伝本丸へ。

ojio-8179伝本丸入口付近の道はこんな状況。石段が設けられていたのだろう。

ojio-8182伝本丸入口付近に残る石垣跡。

ojio-8184伝本丸へ。石垣で虎口が形成されていたことが窺える雰囲気だ。

ojio-8186伝本丸へ到着。標高370m、城内最高部で、360度の眺望が開けている。

ojio-8187伝本丸の西端には櫓台跡とされる場所が残る。発掘調査で、礎石を持つ瓦葺の櫓がかつてここに建っていたことが判明しているという。

ojio-8188確かに瓦片が無数に転がっている。赤松氏居城時代の瓦だ。

>> 置塩城 [3/4] へ続く。<<

訪問時期:2016年2月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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