丹波金山城 [2/2] 荒々しい野面積みの石垣と、奇岩 鬼の架け橋。

丹波金山城 訪問記 其の二。

[前回までの概要]
追入神社より金山城の登山開始。約40分の急坂を登り、廃寺跡を越えて、城跡へ。主郭跡からは八上城と黒井城が見える。其の二ではいよいよ野面積みの石垣と、その奥の鬼の架け橋を見に行く。

訪問時期:2016.5
丹波金山城 訪問記 − 其の一


<訪問記>

kinzanjo-0440a-0446金山城 主郭跡。新緑が良い感じ。訪問時は曇りだったが、一瞬だけ雲の隙間から日が照った。

kinzanjo-0441またすぐ曇る。金山城跡本丸跡 の標柱。馬場跡のように腐って倒れていたものを、誰かが石積みで固定してくれたようだ。

kinzanjo-0443主郭中央部には北側に降りる虎口跡が残る。元々はココからしか入れなかったのだろう。

kinzanjo-0452主郭虎口を出ると、すぐに主郭周囲の石垣が見えてくる。

kinzanjo-0454主郭北面に沿って西へ。石垣ではなく岩盤がむき出しのところもあるが、ふと見ると岩盤の上にちょっとだけ石垣が積まれているところもあった。

kinzanjo-0455岩盤の上に残っていた石垣。叩いて割ったかのような尖った荒々しい石垣だ。

kinzanjo-0457隅部。

kinzanjo-0462最も良く石垣が残るのは主郭南西部〜南部。まずは南西部より。隅に岩盤が露出している場所があり、そこからうまくつなげて石垣を積み上げている。

kinzanjo-0463南西部石垣。

kinzanjo-0465斜面に沿って東へ。左側の大きく崩れているところは、崩れたのではなく、崩したのだろう。

kinzanjo-0468最も良く残り、よく壊されている場所。まさに破城跡という感じだ。

kinzanjo-0471更に奥に行くと、石垣の先端は巨大な岩石に繋がっていた。石垣はここまで。

kinzanjo-0475先ほどの主郭南面石垣、恐らく破城による破壊部分。約400年前に壊された状態のまま、という印象だ。

kinzanjo-0483南面石垣。石と石をぶつけて割って作ったのか、するどく尖ったままの石材を荒々しく積み上げた石垣。黒井城跡の荒々しい石垣と見た目が似ている。黒井城は明智に抵抗した赤井直正の城として有名だが、主郭に残る石垣はその後の明智家臣 斎藤利三によるものとされている。ここ金山城もその斎藤利三による石垣普請だとすると、似たような石垣であることも合点がいくだろう。

kinzanjo-0485主郭南面石垣 全景。これ以上下がると木が邪魔して見えなくなる。

kinzanjo-0488主郭南面の斜面には、斜面に沿って垂直に造られた登り土塁も残る。敵兵の斜面の平行移動を防ぐための防御設備だ。

kinzanjo-0489では主郭西方へ向かっていこう。巨岩が並ぶエリアがあり、その中に「鬼の架け橋」と呼ばれる奇石がある。

kinzanjo-0490樹木が多く生えるエリアを越える。巨岩があるところだけ何故か木が生えていない。

kinzanjo-0492こちらが鬼の架け橋と巨岩群。右側の、逆ハの字の岩石の上に横に岩石が乗った部分が「鬼の架け橋」だ。

kinzanjo-0499鬼の架け橋。近くで見てみたが、本当に岩が岩の間に乗っかっているだけだった。15世紀ごろの大地震で岩石が崩れてきて、たまたまここに乗ったもの、と言われている。江戸時代には既に観光名所だったらしく、歌川広重の浮世絵「六十余州名所図会」の一つ「丹波鐘坂」にも、この鬼の架け橋が描かれている。(参考)

kinzanjo-0500a-0493鬼の架け橋から、眼下を望む。はるか先の谷あいに道路が見える。ここから道路が見えるということは、あの道路からこの鬼の架橋も見えるということだ。後ほど行ってみよう。

kinzanjo-0503鬼の架け橋 全景。左の巨石もかなり大きい。明智光秀もこの奇岩を見ただろうか。

kinzanjo-0515城の南西部、廃寺の西に小高い場所があり、縄張図によってはここにも曲輪跡がある、ようにも描かれているので、少し寄ってみた。竪堀っぽい凹みを逆流して上がる。

kinzanjo-0519竪堀を上がり切ると虎口的な凹みと、頂上を囲む土塁が。

kinzanjo-0523中に入ると放送局関係の電波設備が設置されていた。特に遺構や眺望等も無し。

kinzanjo-0528では先ほど鬼の架け橋から見下ろした道路へ行って、下から鬼の架け橋を見上げてみよう。金山の北側を東西に貫く街道がある。道の駅がちょうどあったのでここで降りてみるも、ここからでは金山城主郭は見えても(中央あたり)鬼の架け橋は見えない。もう少し写真の左へ移動する必要がある。

kinzanjo-0530少し左へ移動すると、山の最長部(主郭)のやや右側、ちょうど凹んだところに、岩場に穴が空いた場所が見えた。かなり遠い。一応、下の道路からも鬼の架け橋は、見える。

明智光秀が丹波攻めのために一時的に築いた堅固な石垣造りの山城、金山城。城として利用された期間は短いが、丹波山城巡りでは「攻め手 明智側の城」として外せない場所の1つだろう。

訪問時期:2016年5月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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