八上城 [3/3] 城の東北面を守る東尾根曲輪群を散策。

八上城 訪問記 其の三。

[前回までの訪問記 概要]
丹波の戦国大名 波多野氏の居城だった巨大中世山城 八上城へ。山麓の居館跡から尾根筋を通って山上の主郭群へ。主郭には波多野氏の巨大顕彰碑と石垣跡が残る。主郭の後は南曲輪群、山麓からも横一直線の姿が良く見える東尾根曲輪群へ。

八上城訪問記 其の一


<訪問記>

主郭東側の曲輪群へ。

yakamijo-0740a-0749大きな谷間にある巨大曲輪へ。縄張図に池のマークが描いてある場所だ。

yakamijo-0745ここは「池東下の番所」跡と呼ばれ、この左右の尾根を断ち切る堀切から突入してくる敵兵を撃退する場所だったとか。

yakamijo-0746曲輪の中央には石垣造りの巨大な池が今も残る。朝路池跡。八上城落城の際に朝路姫が身を投げた由来から朝路池と呼ばれるようだ。

yakamijo-0747こちらが朝路池。曲輪の中央にぽっかり穴をあけていて、特に柵などはないので、草が多い時期は誤ってハマらないように気をつけよう。

yakamijo-0748朝路池の外周の石積み。

yakamijo-0754朝路池から更に南へ、巨大削平地とそれを分断するかのような土塁跡が残る。城壁だったとも、はたまた巨大な水溜めのための壁だったとも。

yakamijo-0771朝路池に戻って、今度は北東を目指す。東尾根曲輪群へ。こちらは斜面を分断する大竪堀(おおたてぼり)が残る。竪堀の最頂部が堀切になっていて、そこに看板が立っていた。

yakamijo-0778東曲輪群へ。はりつけ松跡。落城の際に光秀の母や人質の処刑に使った松の跡、と書いてある。光秀は八上城攻めの際、城主波多野氏に助命を条件に降伏を迫り、自らの母親を人質として八上城内に送ることで信頼を得て開城に成功、しかし波多野氏は安土に送られ信長の命令で処刑されてしまう。そのことを知った八上城内の家臣たちが反故にされたと人質をここで処刑した…と伝わる。この話自体は創作とされ(信長公記など一級史料には記載が無く軍記由来のフィクションとされる)、実際は兵糧攻めにより飢餓状態に陥った城内で反乱が起き、波多野氏は捕縛され光秀に差し出され、開城・終戦したのが実情のようだ。

yakamijo-0785「茶屋の壇」と呼ばれる曲輪の先端には、見事な巨大台形に整形して(あるいは左右を削り落として)まるで戦艦のように盛り上がった削平地がある。この上に見張りのための櫓か屋敷的な建物があったのだろうか。

yakamijo-0786a-0783巨大台形の下から。写真ではやや見辛いが、現場で見るとスゴイ迫力だった。

yakamijo-0787茶屋の壇。先ほどの台形土塁の反対側。こちら側から上がってきた人のために頂上まで約20分、と書いてある。

yakamijo-0792茶屋の壇から更に東へ。細長い尾根筋が均され、長い廊下のようになっている。伝 馬駈場。うまかけば、だろうか。大抵山城の細長く大きな曲輪は馬場跡などと言われることが多い、実際にここに馬が登ってきて、ここで走っていたのかは不明。

yakamijo-0799そして尾根の先端部へ。芥丸跡。芥丸某という家臣が守っていたという。眺望が良さそうだが、高い木々が生えていて隙間からしか眺望は望めない。

yakamijo-0803西側の眺望。かなり遠くに篠山城、そして金山城も見える。

yakamijo-0810s芥丸から谷筋を越えて向かい側の高台の上が、八上城東北部最先端にあたる「西蔵丸跡」。東北サイドを守る拠点だ。

yakamijo-0811しかしこちらは芥丸跡よりも更に木々が生い茂っていて、眺望はほぼゼロ、かろうじて主郭方面のみが見える状態だった。

yakamijo-0812a-0809西蔵丸跡から見返す、八上城主郭。この距離、この眺めなら、狼煙をあげなくても、手や旗を振ることなどで十分意思疎通は出来ただろう。

yakamijo-0814西蔵丸跡の周囲を散策すると、竪堀跡などが散見された。

yakamijo-0820芥丸跡と西蔵丸跡の間にある谷筋沿いの道を降りて山麓へ戻ってきた。こちらは藤木坂口。登ってきた春日神社口よりも、分かりづらい感じだった。

yakamijo-0823山麓から見上げる八上城 主郭方面。

yakamijo-0825旧山陰道沿いには一里塚の跡も。塚としては失われたが、目印の松と史蹟碑が建つ。

yakamijo-0826おまけ:八上地区のマンホール。八上城跡ということで、山頂に近代的な天守の姿が描かれている。もちろん当時はこういう感じではなく、板張りの屋敷的あるいは望楼的な建物だっただろう。

yakamijo-0946八上城 遠景。八上城といえばやはり、ポコッと盛り上がった主郭部と、一段低く横に長く伸びる東曲輪群のコラボな姿だろう。

yakamijo-2938おまけ:八上城跡パンフレットと、戦国山城めぐりサイクリングマップ。八上城跡パンフは遺構の説明から城主波多野氏の興亡、そして光秀による丹波攻めなどが詳細に書かれていて読み応えがあり、見た目もかなり美しく作られている。サイクリングマップは周辺の8つの山城の縄張図と写真、それらの場所を示したマップが掲載されている。

訪問時期:2016年5月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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