但馬八木城 [4/4] 長い土塁や桝形虎口など技巧を凝らした八木土城へ。

但馬八木城 訪問記 其の四(全四回)。

[前回までの概要]
秀吉但馬攻略後の城主 別所重棟時代の「八木石城」を散策。高さ9m以上の高石垣に圧倒される。其の四では北西方面の尾根を進んだ先にある八木氏時代の「八木土城」を目指す。

Links: 但馬八木城 訪問記 其の一


<訪問記>

tajima_yagi-2411s八木城(石垣)の西端、浅い堀切の向こうに続く尾根道の先に、目指す八木土城がある。

tajima-yagi-map2パンフレット掲載の八木土城 縄張図。縦長だったので横にして掲載、左が北。八木石城から向かうと、右上のポコッとしたところに辿り着く。八木土城は、中世山城の定番防衛施設である「竪堀」が無いことが特徴だ。書籍「ひょうごの城」ではこの理由を但馬八木地方は比較的平穏であったから、としていたが、果たして。

tajima_yagi-2412s三角形の鋭い尾根道がしばらくずっと続く。

tajima_yagi-2413緩やかそうに写真では見えるが、結構堪える。パンフによると石城の出口から土城の入口まで約200mほど「尾根を登る」とある。

tajima_yagi-2414右側に壁のような土塁が現れる。城域はまだ先。

tajima_yagi-2415鋭い尾根道が終わり、普通に斜面をあがる。登った先が八木土城、覚悟して登ろう。

tajima_yagi-2417虎口風の割れ目から八木土城 城内へ。やっとついた〜。

tajima_yagi-2418八木土城 東の郭。向かって右前が主郭方面の連郭群。左前にも少しだけ郭がある、ちらっと見て(土塁が少々)さっそく主郭方面へと向かう。

tajima_yagi-2420早速現れる八木土城の土塁。主郭まで10個ほどの郭が連続しており、その西側(主郭に向かって左側)にずっとこのような土の壁が築かれている。この土塁の真下あたりに城内を縦断する進入路があり、そこから城内が見えないようにするためだろうか。

tajima_yagi-2421土塁の上へ。逆L字に折れ曲がっているのがよく分かる。最初のパンフの縄張図で言うとここは郭11で、正面の土塁の上が郭10。またパンフには今居る土塁のことを「消し残し土塁」と書いていた。右側の低い部分を削って、ここだけ残す(削らない)ことによって残って出来た土塁、という意味か(掻き上げ、つまり削平地を削った際に出来た土を盛り上げて出来た土塁ではなく)。細かい。

tajima_yagi-2425城内で最も広い郭9へ。ここは左右に土塁が無い。

tajima_yagi-2428郭と郭の分断は切岸的な段差で行われている。虎口的な入口がある場所もあれば、そのまま坂をあがるだけのところもある。

tajima_yagi-2433郭7へ。左側に、低くなっているが土塁が残る。ここには井戸跡が残る。中央やや右側に見える、緑のポールで囲まれた部分がそう。

tajima_yagi-2434井戸跡。快晴の日にも関わらず少し変色した枯葉が見える部分が井戸跡、か。

tajima_yagi-2436井戸のある郭7を反対側から。

tajima_yagi-2437もう1つ先の郭6へ。ここは郭の中央に逆L字に曲がった土塁の壁がある。

tajima-yagijo-2438郭6中央の逆L字土塁。うーん、薄い。

tajima_yagi-2440郭6から郭5の間には、八木土城名物 外枡形虎口がある。正面の盛り上がりがそう。近づいてみよう。

tajima_yagi-2442八木土城 外桝形虎口。道が鍵型に折れ曲がり、土塁で壁が設けられている。桝形虎口はいわゆる織豊期の技術と言われる。八木氏時代の土城とはいえ、別所氏城主(石城)の頃にも土城部分が詰城として整備運用されたとされる根拠の1つとなっている。

tajima_yagi-2444枡形虎口の出口部分。左右の土塁の上には城壁(土塀)が設けられ、ここには木戸が設置されていたのだろうか。

tajima_yagi-2447枡形を越えて、郭5へ。巨石がゴロンと転がっている。土の城だけによく目立つ。正面が主郭(郭1)。郭2〜4は主郭の向こう側にある。

tajima_yagi-2448郭5の西側土塁。そのまま枡形を構成する土塁へと繋がる。

tajima_yagi-2449では主郭へあがってみよう。山頂部が主郭。

tajima_yagi-2453八木土城 主郭。16mx12mの楕円形郭で、かなりキレイに削平されている。当時はこの上に見張りの櫓台のようなものでも建っていたのだろうか。高さは十分だが、木々が生えていて、あまり眺望は良くなかったのが残念。

tajima_yagi-2460主郭奥の郭4。主郭と堀切の間に郭2−4があるが、今まで見てきた郭よりは小さく土塁等も無い。主郭の北側からは余り攻められることを想定していないのだろう、この郭とこの先の堀切が最終防衛ラインとなる。

tajima_yagi-2467郭4の北側に掘られた堀切。なかなか深く広い。細く急な尾根を上がってきて、この大堀切と高い切岸があれば、なかなか攻め手にとっては厳しいものかもしれない。

tajima_yagi-2470a-2450主郭から郭5を見下ろす。西側の土塁と、その奥に築かれた枡形虎口の構造がよく見える。実際には少し遠いので肉眼では枡型の構造は主郭からはやや見辛い。ズームで撮ろう。

tajima_yagi-2482下山して、八木城下に残る「殿屋敷」跡を見に行ってみよう。国史跡指定されていて、畑の奥の巨大な土地がそのまま残されているようだ。この広大な土地が殿屋敷跡。真ん中あたりにポツンと看板が建つ。

tajima_yagi-2483八木城跡 殿屋敷地区 説明板。13世紀から16世紀までこのあたりに城主の屋敷があり、地下に遺構が残っている。これから発掘調査等がしっかり行われるのだろうか。

tajima_yagi-2484一部 屋敷の周囲を囲んでいたのかもしれない石垣が残されていた。城の石垣というよりは、丸い川原石をそのまま積み上げた「石積み」という印象。しかし後世の畑のものかもしれない。ビニールシートの中は発掘で掘った穴だろう。

壮大な石垣と、土塁や枡形など技巧を凝らした土の城、両方が一気に楽しめる但馬八木城。但馬三大山城の1つ(竹田城有子山城八木城)と言っていいかもしれない魅力がそこにある。オススメ。

訪問時期:2015年3月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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